第68話

「か、薫さん…」


おずおずと、薫の名を呼ぶ。


「ん?トイレ?

 トイレはそこの通路の奥を右…」


「トイレじゃねえです!

 その、笑われるの覚悟で言いますが…。

 あたし、こういうところ初めてで、マナーとか解らないんです。

 ナイフとフォークって、外側から使うものですか?

 それとも内側からですか?」


「基本的に外側からだよ。

 大きいやつから使っていくんだ。

 大丈夫、解らなかったら私を見て、真似すればいいんだから。

 そんなに緊張しないでも大丈夫だよ」


いつもの薫の微笑みを見たら、気持ちが少し落ち着く。


「いつもみたいに、何も考えずにいればいいんだよ」


「いつも何かしら考えてますよ!」


「どうせ酒の事でしょ?」


「あたしをアル中みたいに言わんで下さい!」


いつものやり取り。

薫なりに、気を遣ってくれているのが解った。


オードブルが運ばれてくる。

白い皿に盛り付けられた料理が綺麗だ。

料理は目で楽しむ、という意味が解った気がした美鈴だった。


続いて、スープが運ばれてきた。

じゃがいものポタージュだろうか。

一口スプーンで掬い、口に運ぶと広がるじゃがいもの甘さ。

冷製のポタージュは初めてで、その美味しさに美鈴は感動する。

そんな美鈴を、微笑みながら見つめる薫。


ポワソン

ソルベと続き、お待ちかねのメインディッシュ。


ヴィアンドは牛肉のステーキ。

肉の上には、フォアグラが乗っている。


「すっごく美味しそう!」


「ここのステーキは、凄く美味しいよ。

 ソースが好きなんだ」


「来慣れてる人の発言だ」


「まあね~、昔は常連だったから」


「だから、薫さん何者なんですか?」


「さてさて、何だろね~」


肉料理に合わせて、グラスに注がれた赤ワインを飲む薫は、それだけで絵になる。

先程から薫をちらちら見ていたが、動作にとても品があるのだ。

1つ1つの動きが綺麗で、染みついているというか。


自分はぎこちなくナイフやフォークを動かすのに対し、薫はしなやかに食を進める。

慣れている人の動き、そのものだ。


「美味しいからって、お~きな口を開けて食べちゃ駄目だからね」


「わ、解ってますよ!」


切ったステーキを口に運ぶと、舌の上で肉がとろけた。

なんじゃこりゃ、こんなお肉初めて食べたぞ!?


「美味しい?」


「すんげえ美味しいです!

 こんな美味しいお肉、人生で初めて食べました!」


美味しそうに食べる美鈴を見て、薫はふっと笑うのだった。

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