第66話

喫煙所から店の入り口近くに移動し、美鈴を待つ。

そろそろだろうか。

携帯を弄りながら、到着を待っていると、キレのいいヒールの音が聞こえた。

顔を上げてみる。


緩く巻かれた髪は、彼女の歩みに合わせて踊る。

彼女を包む柔らかなドレスに、しなやか体。

裾から見え隠れする、スラリと綺麗な脚。

小さな足に纏うハイヒールはリズムを刻むメトロノームのようで。


綺麗に施された化粧は、いつもよりも彼女を大人びたものにしていた。

同性の薫が見ても、心から美しいと思う。

思わず溜め息をついてしまうくらいの美しい彼女が、薫の前で歩みを止めた。


美鈴もまた、薫と同じような表情になる。


見事に着こなしたスーツ。

いつもは垂らしている前髪をサイドに流し、はっきりと見える顔。

ほんのりと香る、柑橘系の香り。


誰が見ても、完璧なるイケメン。

瞬きをする事さえ惜しいくらいに、完璧な程に。

息をするのを忘れ、自身の瞳に映る薫を真っ直ぐに見る。



ドキッ



互いの胸が高鳴った。

胸の真ん中ら辺が、グッと詰まるような感覚。

早まる鼓動を、相手に悟られないように抑える2人。

何食わぬ顔を装うが、内心は穏やかではない。


「あ、あのっ、その、お待たせしちゃってすみませんっ!」


咄嗟に出た声は、少し上ずってしまった。

美鈴の言葉に我に返った薫は、渇いた口の中を唾液で潤わせながら言葉を発した。


「い、いやっ、今来たところだからっ」


お互いにらしくない。

どうしてこんなに胸が騒がしいのかも解らない。

意識なんてしてない筈なのに、心と体が勝手に反応してしまうから厄介だ。


「きょ、今日はスーツなんですね」


「あ、うん、この方がいいかなって思ったから」


反らした瞳を、然り気無さを装って美鈴に向けてみる。


「いつもと雰囲気が違うから、一瞬誰だか解らなかったよ」


「あ、あたしも、こんな格好はしないから、その、何だか恥ずかしくて」


着慣れていないせいなのか、はたまた薫に見られているからなのか。

頭の中はこんがらがり、上手く言葉が出てこない。


「えっと、うん、凄く綺麗、だよ…」


らしくないな。

すんごいらしくない。


普段の自分なら、口にしないであろう言葉。

その言葉を聞いた美鈴は、耳まで真っ赤にして照れている。

頬が熱を帯びるくらいで、思わず両手で顔を押さえる美鈴。


「…ありがとう、ございます」


薫がお世辞で言っているのではないと解り、余計に恥ずかしくなる。

いつもなら、何かしら言い返すのに。

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