第57話

「そ、そんなむしのうまい話は、ドラマや映画の中のヒロインでしかありえませんって!

 ジュリアなロバーツや、オードリーなヘップバーンくらいしかありえませんよ」


「美鈴さん、落ち着いて下さい。

 わたくし、笑い過ぎて運転に支障が出てしまいそうですので。

 あ、そうだ。

 美鈴さん、これを」


左手で助手席の鞄から、何かを取ると美鈴に渡す。

受け取ったものを見てみると。


「飴?」


「薫さんから、『リンは飴をあげると喜ぶよ』と聞いていましたので。

 よろしければお召し上がり下さい」


ミルクティー味の飴だった。

袋から取り出し、飴を口に入れる。

こんがらがっていた頭の中が、飴の甘さで中和されていく気がした。


「落ち着かれましたか?」


「あ、はい、大丈夫です。

 …1人で騒がしくてすみません」


「いいえ、大丈夫ですよ。

 もうすぐエステに到着しますので、お荷物をおまとめ下さい」


程なくして到着した。

誰もが知っている、大手のエステサロンだ。

車を駐車場に停めると、菊池の後に続いた。


「予約していた横山です」


「横山様、ご来店いただきありがとうございます」


「こちらが竹田様です」


「承っております。

 竹田様、係の者が来るまでこちらの用紙にご記入してお待ち下さいませ」


用紙が挟んであるバインダーとペンを受け取ると、促されたソファーに座った。

こんなにふっかふかのソファーに座ったのは初めてだと、美鈴は座り心地を味わう。


名前、住所、生年月日etc...。

書き終わると同時に、菊池が美鈴の傍へやって来た。


「美鈴さん、わたくしはそろそろ行きます。

 もし何かございましたら、こちらの番号におかけ下さい。

 では、あれやこれやされてきて下さいね」


菊池の後ろからスタッフさんがやって来た。


「では、ご案内致します」


促されたものの、少し不安になり菊池を見る。

菊池は大丈夫という表情をしながら、美鈴に手を振る。


一体自分はどうなってしまうのだろう。

菊池に逢ってから、まだ30分くらいしか経っていないが、その間にいろんな事がありすぎて、頭も心もついていけていない。


案内された部屋で、紙の下着を渡される。

遂にこれを纏う時が来たのだ。


「こちらでお着換え下さい。

 お荷物はそちらのロッカーに…」


「こ、これ、どうしても着なきゃ駄目ですか?

 オイルで紙が溶けて、良からぬ事態になったりするんじゃ…」


「こちらの紙の下着は特殊な加工が施されているので、簡単に溶けたりしないのでご安心下さい。

 では、お着換えが終わりましたら、そちらのボタンを押して下さいね」


スタッフさんは言ってしまった。

逃げ道はないし、逃げる訳にもいかない。


腹を決めた美鈴は、紙の下着をグッと握ると着替え始めた。

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