第53話
「鈴ちゃんと仲がいいんですね」
こちらに体を向けたしのぶが、話し掛けてきた。
「仲は悪くはないと、勝手に思ってます」
プライベートな付き合いは殆どなかったが、悪い関係ではないと薫は思う。
「鈴ちゃんがあんなに心を許してるから、よっぽどなんだろうなって思います。
ワタシにも、あんなに話してくれる事はないんで」
顔を見れば笑っているが、向けられているのは好意ではないような気がした。
どちらかと言えば、敵意に近い感じがする。
「ただの仕事柄の知人ですよ。
こうやってプライベートで逢うのも初めてですし、深く関わったり付き合ったりはしてないです」
当たり障りなく。
が、間違った事は言っていない。
友人と言うよりは、知人が正しいだろう。
表現はあっていると思う薫。
「…あんまり鈴ちゃんの事、からかわないであげて下さいね。
あの子はすぐに本気にしちゃうし」
それはほんの一瞬。
しのぶの瞳に、確かな敵意が宿っていたのを、薫はしっかりと捉えた。
もしかして、私がリンに気があると思っているのだろうか。
「自分はリンに対して、今の接し方を変える気はありませんよ。
リンが本気で嫌がったらやめますけど」
「本気で嫌がる前に、やめるのが普通なんじゃないですか?」
噛み付かれてしまった。
察するに、この人はリンに対して気持ちがあるようだ。
そして、それをリンに気付かれないようにもしているのか。
「そんなに心配しなくても、程々にしますよ。
よっぽどリンの事が大事なんですね」
かまを掛けるような言い方になってしまったが、薫はそれ以上の心配はしなかった。
しのぶは何かを言いかけたが、1度口を紡ぐ。
「自分はただ、他の人より鈴ちゃんが心配なだけですから」
最初に言おうとした言葉は何だったのだろうと薫は思うが、聞いたところでどうこうなる訳でもないし、自分にメリットがある訳でもない事は解っている。
「そうですか」と短く答えると、煙草を灰皿に押し付け、火を消してから捨てた。
何となく重い雰囲気になってしまった。
しのぶも薫も、早く美鈴が帰って来る事を心の中で願う。
と、やっと美鈴が戻って来た。
「すみません、友達から電話があったからおそくなっちゃいました。
2人とも、どうしたんですか?」
「いや、何もないよ」
「うん、ないから大丈夫」
2人の表情から何かを得ようと試みた美鈴だったが、結局何も解らなかった。
その後はいつものような会話をし、日付が変わる前に2人は店を後にし、それぞれの帰路を辿った。
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