第52話

先程までの表情とは打って変わり、真面目な瞳で美鈴に話し続けた。

薫の言葉を聞いて、あれこれ考えてみる。


本来ならボッコボコにしてやりたいが、会社や仕事に支障が出るのは困る。

何より、私情で会社に迷惑を掛けるのは以ての外だ。


「今すぐに答えを出さないで大丈夫だよ。

 まだ時間もあるし、気持ちを整理してから答えをくれれば…」


「あたし、店に行きます」


決意のこもった声だった。


「山田さんにギャフンと言わせたいです」


しのぶは、ちらりと美鈴の顔を見やる。


「あの時の悔しさを、このままにしておきたくないですし…」


悲しげな、寂しげな表情を浮かべる美鈴に、何て声を掛けたらいいのか解らず、しのぶは口を閉ざしていると。


「リン、あんな奴の事を考えて、そんな顔をする必要はないよ。

 ぶちかました後、祝杯をあげてる事でも考えなって」


その言葉を聞いた美鈴は顔の筋肉が緩み、軽く笑みを浮かべた。


「そうですね、もっと先の事を考えるとします」


「じゃあ、店に行くって事でいいんだね。

 後で予約しておくよ。

 あ、その日は丸々空けておいてね」


「どうしてですか?」


「色々と準備があるからさ。

 悪いようにはしないから大丈夫。

 その日の午後、駅で待ち合わせね。

 まあ、詳しい事は前日に連絡するよ」


期待と不安が入り混じる美鈴に、薫は優しく「大丈夫だよ」

その言葉を聞いた美鈴も、少しずつ不安な気持ちを落ち着かせた。


「リン、腹減ってない?

 何か食べようよ。

 真面目な話をしてたら、めっちゃ腹減ってきちゃった」


そういえば、自分も空腹に気付く。

いつもならば、夕食の時間だ。


「そうですね、何か食べましょうか。

 ここはしのちゃんが全部作ってるし、どれも美味しいですよ。

 おすすめは牛筋の煮込みと、特製から揚げです。

 あ、このきのこのあんかけ豆腐も美味しいです」


「じゃあ、リンに任せるよ。

 選んで頼んでくれる?」


料理を頼んだ美鈴は、「ちょっと失礼します」と席を立ち、そのままトイレに行ってしまった。

しのぶはオーダーを取ると、料理の仕度を始める為、こちらに背を向けてしまった。


『少しはリンも落ち着いたみたいで良かった』


煙草を取り出し、吸いながらそんな事を思う。

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