第50話

美鈴が来店してから数分後。

店の扉が開き、薫が顔を覗かせた。

美鈴を見つけると、微笑みながら手を振る。


「もう来てたんだね」


美鈴の左隣に座ると、しのぶからおしぼりを渡され、受け取ると生ビールを注文した薫。


「思いの外、早めに着いちゃいまして。

 あ、お疲れ様です」


しのぶは薫にビールのジョッキを渡し、お通しの小鉢をテーブルに置く。

ジョッキを持った薫は、そのまま美鈴と乾杯をした。


「お疲れ様。

 今日も蒸し暑かったね。

 そろそろバイクじゃなくて、軽トラに変えるかなあ」


「時期が時期ですもんね。

 ヘルメット被ってると暑そうですし」


「暑いなんてもんじゃないよ~。

 頭だけサウナに入ってる感じ」


「うへえ、あたしは耐えられないです」


「あからさまに嫌な顔をしなさんなって。

 バイクは気持ちいいんだよ。

 まあ、夏は暑いし冬はめっちゃ寒いけど」


「メリットが何もないじゃないですか」


「それを言っちゃあ元も子もないでしょ」


薫は楽しそうに笑う。


「何でバイクの免許取ったんですか?」


「純粋にバイクに乗りたいなって思ったからだよ。

 なんなら、今度乗せてあげようか?」


「怖いからいいです」


「そっかあ、怖いかあ。

 リンにも怖いもんがあるんだね」


「どういう意味ですか、そりゃあ!」


会社以外でも、やはりこういうやり取りになった。

が、美鈴はその方が楽なので、変に緊張しないで済んだ事に安堵していた。


「あ、しのちゃん、遅くなっちゃったけど、この人は薫さん。

 うちの会社に荷物を届けに来てるんです」


洗い終わった食器を拭いていたしのぶに、美鈴が声を掛ける。

しのぶと目が合った薫は、頭を軽く下げた。


「初めまして、しのぶです。

 鈴ちゃんから話は聞いてます。

 王子様なんですってね」


接客用の笑顔を浮かべるしのぶに、薫は苦笑いを浮かべる。


「リン、普段しのぶさんにどんな話をしてるの?」


「あたしをからかいまくる、イケメンないじめっ子と」


「酷いなあ。

 私は王子でもないのに」


「少なくとも、その辺にいる男の人よりは格好いいじゃないですか。

 性格はいじめっ子ですけど」


飲み終わったジョッキをしのぶに渡し、美鈴は新しいビールをオーダーする。

「私も」と薫も空になったジョッキを見せ、同じくビールを頼んだ。

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