第49話

仕事を終えた美鈴は、寄り道をせずに真っ直ぐ帰宅した。

クローゼットを開け、着て行く服の物色を始める。


今日は少し蒸し暑いし、薄手のものにしよう。

靴は…白のサンダルにしよう。

じゃあ、鞄はあれにして。


割りと真剣に吟味していると、待ち合わせの時間が近付いている事に気付く。

服を着替え、化粧を軽く直すと、家を出た。


日が長くなったな。

そんな事を思いながら、駅に向かって歩いていく。


駅に近付くにつれて、サラリーマンの数が増えていく。

何気なく目が合ったサラリーマンのおじ様。

あちらはにっこりと笑ってきたが、瞬時に絡まれるであろう事を悟った美鈴は、すぐに目を反らして歩くスピードを速めた。


この時間の上り電車も、久し振りだな。

窓の外の景色を眺めながら思う。


さて、初めて薫と2人で飲みに行くが、いつも会社ではあんな調子だ。

どんな風に会話をすればいいのだろう。


会社でのやり取りの延長戦になるのだろうか。

いや、真剣な話し合いになるかもしれない。

…事が事だし。


どんな仕返しを仕掛けよう。

そういえば、こうやって仕返しをするのは初めてだな。


関係を持つ前に、こうなれて良かった。

ズキンと痛む胸を抑えながら、山田を思い浮かべる。


どうして奥さんが、大切な人がいるのに、浮気や不倫が出来るのだろう。

考えてみたが、答えに辿り着く事はなかった。


目的の駅に到着し、慣れた足取りで店に向かう。

ドアを開けると、しのぶと目が合った。


「いらっしゃい。

 おや、今日は素敵な格好だね。

 いつも以上に綺麗だよ」


満面の笑顔でしのぶに言われ、思わず照れてしまう。


「そうやって褒めてくれるのは、しのちゃんだけだよ」


「鈴ちゃんは綺麗だって。

 今日はゆいちゃんは来るの?」


「ううん、違う人」


言いながら、カウンター席に向かい、椅子に座る。

同時におしぼりと、ビールを持ってくるしのぶ。


「今お通し持ってくるね。

 ゆいちゃん以外の人と、うちに来るなんて珍しいね」


「そうだね~」


ビールを飲みつつ、しのぶの言葉に答える。


「新しい人…ではないか」


苦笑いを浮かべながら、小料理が入った小皿を美鈴の前に出した。


「全然違うよ。

 まあ、あたしもプライベートで逢うのは初めてで、どう接していいのかいまいち解らないんだけどね」


「そうなの?

 ん~、誰なんだろ」


「例の王子様」


美鈴の言葉を聞いたしのぶは、先程と同じように苦笑いを浮かべた。

その意味を、美鈴が解る事はなかった。

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