第44話

いつもはあたしをからかうくせに。

真面目な顔なんて、今まで見せた事もないのに。


優しい眼差し

優しい声

優しい温もり


何を言う訳でも、聞く訳でもなく、あたしを抱き締めてくれた。

そんなに優しくしないでくれていいのに。



「同情ですか?」



言いそうになった自分を、全力で叱った。

そんなんじゃない、この人は同情なんかでこんな事をする人ではないと思うから。


こんな時に、

こんな風に、

優しくされたら…。



狡い

本当に狡いんだから。



明日からまたいつも通りの日々が始まる。

本当なら、彼氏になる筈の人と出掛けたり、遊びに行ったりしたかったのに。

それはもう、永遠に叶う事はない。

いや、叶わなくて良かった。


失恋をする度に、ゆい、しのちゃんが慰めてくれた。

今回はまさか、薫さんに慰められるなんて。

何が起こるのか解らないもんだね。


これで薫さんが男の人だったら、あたしはきっと恋に落ちただろう。

でも、薫さんは女性。


そりゃあその辺にいる男の人よりも格好いいのは、重々解ってる。

そして、とても優しい。

けれど、恋に落ちる事はない。




そう、彼女は『女性』だから




恋が始まる事も

愛が生まれる事もない。

それはきっと、揺らぐ事はないだろう。


あ~あ、何考えてるんだか。

らしくないな。

さっきの事がショック過ぎて、頭が上手く回ってないのかな。


てか、いい加減離れなくちゃ。








この優しすぎる腕の中から。

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