第43話

「自分が何処まで口を挟んでいいのか解らないし、リンが山田さんの事を気になってたのはさっき知ったから、何て言っていいのか解らないけど…。

 リンの気持ちを知らんぷりして言えるなら、何もなくて良かった」


美鈴はずっと何も言わないまま、静かに薫の言葉を聞いていた。

そして、静かに口を開く。


「そうですね、悔しい想いとか辛い想いとか、嫌な想いをしないで良かったです。

 この程度で済んで良かった…」


取り乱す訳でもなく、冷静に話してくれた事に薫は安堵する。


「あたし…そんな軽い女に見られてたんですかね。

 都合のいい女とか、すぐにヤれそうな女とか…」


寂しそうな表情を浮かべながら、そっと呟く。


「男を見る目がないのかもしれない」


「リンの恋愛事情は知らないし、どんな恋愛をしてきたのかも知らないけど…。

 私は会社で逢った時のリンしか知らないけど、リンがいい子なのは知ってるよ。

 いつもちゃんと仕事してるし、悪態をつく私にもちゃんと対応してくれるし、事務所のみんなに気を遣ってるのも知ってる」


こんな事を言ったところで、慰めにもならないか。

そう思った薫は、美鈴の前で両腕を広げた。


「どうしたんですか?

 深呼吸したくなったんですか?」


「違うっての。

 あんな話を見聞きして、辛くない筈がないでしょ。

 まして、気があった人なんだから」


改めて、薫の瞳を見る。


「私の胸で良ければ、貸してあげる。

 普段は有料だけど、今回は特別サービスで無料でいいよ」


小さく笑っているが、瞳は真剣だった。

いつものおちゃらけた態度ではない。




気が付いたら涙が零れていて。



気が付いたら薫の元へ歩いていて。



気が付いたら、彼女の腕に包まれていた。



悔しい

切ない

苦しい


押し寄せてくる気持ちと、溢れ続ける涙。


先程からずっと、鞄の中に入れっぱなしの携帯が震えていたが、気になる事もない。

今はただ、この優しい腕の中で、少しでも涙で濡れた心を温めたかった。


薫は何も言わずに、美鈴を抱き締め続ける。

『綺麗』じゃない自分が、こんな事をしていいのだろうか。

余計に傷付けてしまうのではないか。

そんな事を思うも、年下の小さな女の子の悲しむ姿から、目を反らす事は出来なくて。


放っておいたら、壊れてしまいそうだと思ったから。

彼女の無垢な心が、傷付くのは嫌だと思ったから。


薫は少しだけ腕に力を入れ、美鈴を抱き締め直した。

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