第45話

薫の腕から、そっと体を離す。


「大丈夫?」


それ以上何も言わない薫に、静かに頷く美鈴。


気持ちを、心を落ち着かせた美鈴は、薫に小さく頭を下げた。


「…すみません」


「いや、私の方こそごめん」


お互い謝ると、それぞれ笑った。


「とりあえず、駅に行こうか」


薫の言葉に頷き、2人並んで歩き出す。


「しっかし、何かこう腑に落ちないというかさ」


携帯を弄り終えた薫が、口を開く。


「何かこう、仕返しをしてやりたいというか…」


美鈴は前を向いたまま、薫の言葉に返答をする。


「そうだなあ、仕返しかあ…」


独り言のように、薫が呟く。

そして、何かを閃いたのか。



「仕返し、してやろっか」



美鈴を見ながら、悪戯をしようとしている子供の顔で薫は微笑む。

いつも事務所で見かける笑顔だ。


「このまま涙を無駄にするのも面白くはないもんな。

 何かしてやりたいね」


美鈴もこっくりと頷く。


「リン、この話、私に預けてくれない?」


何かが思いついたのかどうかまでは解らないが、とりあえず預ける事にしてみる。


「何かいい案でも浮かんだんですか?」


「いや、まだ何となくだけどさ。

 この休みの間にでも、考えてみるよ。

 あ、いつでも連絡を取れるようにしたいから、連絡先を教えてくれる?」


薫にそう言われた美鈴は、鞄から携帯を取り出す。

山田からの着信履歴やメールが沢山あった。


『すみません、やっぱり今日は帰ります』


と送ったにも関わらず、これだけ跡を残すのもいかがなものかと思う。


お互いに電話番号を交換すると、『ついでにLINEも登録しておくね』と言われ、多方面から繋がる事になった。

この事態に、1番驚いたのは美鈴で。


「薫さんって、滅多に連絡先を教えないって聞いたのですが」


「あ~、そうだね。

 お姉様達に聞かれるんだけど、教えたら恐ろしいくらいメッセや電話が来そうだから教えてないんだ。

 くれぐれも他の人に教えたりしないでね。

 もう携帯の番号、変えたくないからさ」


最後の一言で、何かを悟った美鈴だった。


「じゃあ、気を付けて帰るんだよ。

 好みの人がいても、襲わないようにね」


「襲わねえです、そんな気にもなれねえです」


改札の側で、いつものやりとり。


「それもそうだね。

 じゃあ、また月曜日ね」


薫が手を振ると、美鈴もそれに応えて手を振った。

美鈴が見えなくなるまで見送ると、薫は歩き出し、タクシーに乗り込み、行き先を告げた。



鳴り続ける携帯を見つめ、小さな溜め息を1つ吐いてから。

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