第32話

「ち、因みに先輩はいつから薫さんの事を想っているんですか?」


「ん~、出逢った時からかな。

 理想のタイプって、ちゃんと実在するんだなあって」


ビールを飲んでいるからではなく、それは薫を想ってるから、頬が赤くなっている事に気付いた美鈴は、乾いた喉をビールで潤す。

が、それはあまり効力を持つ事はなく、すぐにまた喉は干乾びてしまう。


女が同性を性的に好きになるという事や同性愛は、テレビの向こう側だけの話だと思っていた。

たまにニュースで『性的少数派の方々が、パートナーシップ制度を~』とか、バラエティー番組で『タレントの○○が同性愛者である事を告白!?』とか。

自分には何処か遠い話であったし、こんなにも身近にいるとは思っていなかった。


「で、でも、先輩は男性と結婚してましたよね?」


「そうね~。

 彼の事は嫌いではなかったんだけど…お家同士の繁栄を兼ねた結婚でね。

 散々早く結婚しろって言われてたんだけど、アタシが嫌で逃げてたんだ。

 まあ、結局半ば強引に結婚させられた感じ。

 難点だったのが、あたしが子供が出来にくい体でね。

 早く跡取りを作れって双方の家族から言われても、そう簡単に出来るものでもない。

 授かるものだしね」


一杯だけのつもりのビールだったが、先輩が勝手に2杯目を注文する。

ふと自分のジョッキを見てみると、ものの見事に空っぽだった。


「旦那はアタシを庇ってくれてたけど、自分の母親には弱くてね。

 アタシにも母親にもいい顔してたみたい。


 子供を授かれない事、家の事ばかりになって、誰もアタシの事や体の事を気にしてくれなくなって、軽く鬱に近い感じになっちゃったの。

 それこそ自分は役立たずで無能だって思って、死ぬ事も考えたけど、こんな事で自分の命を絶つのは馬鹿らしいなって思ったら、今まで胸につっかかってたものがすとんって取れて。


 結果的にアタシから離婚を切り出した。

 旦那は何も言わずに離婚してくれた。

 後になってずっと好きだった人がいて、結婚してからも付き合いは続いてたんだって。

 その人とすぐに再婚したみたい」


感情を出すではなく、淡々と語る先輩の顔を、果たして自分はどんな顔で見ていたのか、美鈴には解らなかった。

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