第29話

懇親会当日。

この日は皆、早く仕事を終わらせるべく、朝から気合いを入れまくっているのは言うまでもない訳で。

女性陣はこの時ばかりは、普段仲があまりよろしくない人やグループとも結託し、スムーズに仕事が流れるように助け合うのだ。

いつもこうならいいのにと、課長も部長も思うのだが、敢えて口には出さずに静かに飲み込むのがお約束だ。


朝礼が終わったと同時に、すぐさま自分の持ち場にきびきびと歩き出す。

その姿はまるで、これから戦に向かう武将の如く。

皆の瞳には『さっさと仕事終わらせて薫様と乾杯っ☆』

その思いが、熱く燃えていた。


それは何も作業場だけの話ではなく、事務所だって例外ではない。

事務所のお姉様達の、入力速度がいつも以上に速い。

ミスする事もなく、瞬く間に数字が入力されていく。

それはまるで、ピアノの鍵盤に指を滑らかに滑らせるが如く。


毎度の事ながら、王子の存在の大きさを思い知る美鈴。

例えば王子がどんなに無理な仕事をお願いしてきたとしても、お姉様達は『はい、喜んでっ』と文末にハートマークを付けて返事をし、怒涛の勢いで終わらせるに違いない。



今日は美鈴が掃除当番だ。

トイレ掃除を終え、事務所内のゴミもついでに捨てに行き、自分のデスクに戻って暫くすると、いつものバイクの音が聞こえてきた。

やや早いご到着だ。


「おはよ~ございます」


ガチャっと事務所のドアが開けば、本日も申し分のない笑顔を覗かせる薫のご登場。

その姿を見れば、ほんの僅か2秒前まで鬼の形相で仕事を片付けていたお姉様達も、深紅の薔薇のように頬を赤く染めながら、恋する乙女の表情で薫を迎える。

その様子を一瞬たりとも見逃さずに見ていた美鈴は、口を大きく開けながら驚くのだった。

(…女って怖ぇ。いや、自分も女だけどさ)


「おはようございますっ。

 今日はやっと懇親会ですね」


1人の女性が声を掛ける。


「そうですね。

 今日はちょっと暑いですし、ビールを美味しく飲めそうです」


ビールはいつだって美味いんだってと心の中で思ったが、口には出さなかった美鈴だった。

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