第20話

アルバイトとして雇われていたが、真面目に働く姿が評価され、正社員になる事が出来た。

給料面が落ち着くと、兄の元から離れる事にした。

兄は何も言わずに、送り出してくれた。


新しい住まいを見つけ、引っ越す事が決まると、兄と茜が手伝ってくれた。

2人が帰った後、テーブルに置かれていた封筒があり、開けると一万円とメモが入っていた。


『ささやかだけどお祝いな』


兄の優しさに、涙が止まらなかった。

今まで散々迷惑を掛けてきた。

これからは1人で生きていこう。

そう強く思った。




「…寝ちゃったのか」


体を起こす。

部屋には夕陽が差し込んでいた。


何で昔の事を夢に見たんだろう。

そんな事を思いながら、煙草に火をつけてベランダに出た。


風が涼しくて気持ちいい。

目を細めながら、外の景色を眺める。


近くにある小さな公園から、子供と母親が手を繋ぎながら歩いて出てきた。

子供は嬉しそうに母親を見ながら、一生懸命お話をしている様子。

こちらから母親の表情は見えないが、きっと優しく微笑みながら話を聞いているのだろう。



仕事は真面目にこなしているが、プライベートは自堕落気味かもしれない。

誰かに話した事はない。

茜にも秘密にしている。


その関係は今日終わるかもしれないし、明日終わるかもしれない。

1ヶ月先かもしれないし、10年先かもしれないし。

不透明な『付き合い』だ。

薫も相手も、割り切っている。


不意に携帯が鳴る。

画面に着信相手の名前が出る。

溜め息を1つ溢してから、電話に出た。


「はい。

 家にいたよ。

 解った、仕度してから向かうから」


電話をきると、部屋着から私服に着替え、バイクのヘルメットを手にする。

荷物は財布と携帯、鍵だけ。


外に出て、バイクを停めてある場所へと向かい、バイクに跨がってキーを差し込み、エンジンをかける。

躊躇いが一瞬だけよぎるが、頭を振ってそれを消した。


今更断れば、相手のご機嫌が悪くなる。

後の事を考えれば面倒なのは解っている。

余計な事は考えずに、バイクを走らせた。




走りながら感じる風は、少しだけ冷たく感じた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る