第18話

その日の内に彼と逢う事になった。

先に待ち合わせ場所に来ていた彼は、薫を見るなり驚きを隠せずにいた。


「そんなに痩せて…飯は食べてるの!?」


久し振りという言葉を言おうとしたが、彼の言葉が先だった。


「連絡しても全然応答ないし、どんだけ心配したと思ってるの!」


穏やかな彼の、穏やかではない声。


「とにかく…無事で良かった…」


力強く抱き締められたが、痩せた体には少々痛かった。


「薫が心配だよ。

 薫、俺と一緒に暮らそう。

 やっていけなくはないだろうし、俺ももっと頑張って働くから」


薫は無言で首を横に振る。


「どうして!」


体を話され、向き合う形となる。


「お母さんが亡くなってすぐなのに、私だけ幸せになんてなれないよ。

 なっちゃいけない」


「そんな事ない!

 親は子供の幸せを願うものだよ!」


「…でも今の私は…貴方の事まで考えられる余裕がないの」


彼の手から、力が抜けたのが解った。


「じゃあ、待つよ。

 薫が落ち着くまで待つから!」


先程と同じように、首を横に振る。


「貴方と過ごせた時間は本当に幸せだった。

 それだけでいい、いいの。

 私は自分だけが幸せになるのが怖い。

 今、父親も不安定で、家族もバラバラになってるのに、私だけ幸せになんてなれない…」


涙が零れる。


「最後まで私を気に掛けてくれてありがとう。

 こんな私でごめんなさい。

 …さよなら」


一方的だったと思う。

しかし、彼は何も言わなかった。

ただ悔しそうに、口唇を噛み締めていた。



大学は兄に説得され、続ける事になった。

一足先に就職が決まった兄は独り暮らしをする事になり、一緒に来るかと言われた。

父親はどうするのかと尋ねたら、暫く病院に入院させ、落ち着いたら父方の実家に預けるそうだ。

今の家も売却するという。


思い出が詰まったこの場所から離れるという事。

この家が無くなってしまうという事。

その決断が英断だったのかは、今となっては誰にも解らない。


結局薫は、兄と一緒に暮らす事になる。

大学も無事に卒業した。


卒業後は自身の心を休めるべく、暫く働く事はしなかった。

父親がくれた莫大な貯金もあるし、兄の収入もあるし、兄も何も言わなかった。

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