第13話
母親の調子がいい時は、近くの大きな公園へ散歩をしに行った。
子供の頃は、よく家族で遊びに来た思い出の場所だ。
外の風を、気持ち良さそうに感じている母親を見ていると、本当にガンなのだろうかと思ったが、以前よりもほっそりとした体がその証拠だと気付く。
泣きたくなる気持ちを抑えながら、笑顔を浮かべる。
ちゃんと笑えていたかは、解らないが…。
高3になり、進路の事を考えなくてはならなかった。
大学に行こうか、就職をしようか。
しかし、母親の事が気になる。
進学も就職もせず、家で母親の面倒を見ようか。
兄は進学した。
本来ならば友達と遊んだり、サークルに入って仲間と遊んだりしたかっただろうが、講義が終わると真っ直ぐに帰宅した。
父親は昇進した事も手伝って、仕事が忙しくなり、帰宅が遅くなる事が多かった。
薫達が寝ている時に帰宅、という事もしょっちゅうあった。
母親の部屋に行き、様子を見る。
また少し痩せたな。
肌も髪も傷んでる。
それでも母親は、家族の前で辛そうな表情を見せなかった。
「薫、また背が伸びたんじゃない?
あたしの身長、抜かされちゃったなあ。
どんどん綺麗になってくし、すっかり大人の女の子だね」
言いながら、薫の頭を優しく撫でる。
「成人式まで生きていられるかなあ。
薫の着物姿、見たいな」
「大丈夫だよ、絶対に…見れるから…」
涙を流さぬようにすればする程、瞳は思いとは裏腹に滲んでいく。
「大丈夫、あたしは簡単には死なないから。
ちゃんと2人が成人したところ、見たいもの。
みんながあたしを看病してくれるし、気に掛けてくれる。
それが何よりも薬になるんだよ」
痩せた手から伝わる温もり。
子供の頃は、よく手を繋いで歩いたな。
この温もりが消えてしまうなんて、考えたくもなかった。
「ほらほら、泣かないの。
美人なんだから、泣いてたら勿体ないよ」
大好きな母親。
憧れの母親。
こんな女性になりたいと、子供の時から思っていた。
余命1年と言われていたが、母親は持ちこたえた。
僅かに希望が生まれた。
神様がもう少しだけ、時間を与えて下さったのかもしれない。
普段神様なんて信じないが、この時ばかりは心から神様に感謝をした。
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