第8話
仕事を終え、地元に戻る。
買い物に行かなきゃだが、作るのが面倒くさい。
どうしようかと迷った挙げ句、家とは違う方向に足を向けて歩き出す。
「いらっしゃ…お~、鈴ちゃん、お疲れ様」
引戸を開ければ、見慣れた人物が笑顔で向かえてくれた。
「ただいま、しのちゃ~ん」
「お疲れさん。
ビールでいい?」
「キンキンに冷えたやつ、よろしく~」
美鈴の行きつけの飲み屋。
カウンターは5席、4人用テーブルが1席、2人用テーブルが1席。
美鈴は決まってカウンター席に座る。
しのちゃんこと、三浦しのぶ。
美鈴の5つ上で、こちらも薫に負けないくらいのイケメン女子。
綺麗な黒髪。
髪の長さはショートボブだが、サイドはツーブロック。
左耳に1つだけピアスをしている。
シルバーアクセサリーが好きだそうだ。
一見怖そうに見えるも、話せば穏やかで聞き上手。
柔らかな女性らしい声も、ギャップの1つだ。
店内はちょっと暗めで、オールドチックな使用になっている。
BGMはジャズがメイン。
料理は一品料理で、全てしのぶが作っている。
しのぶが店長、副店長の美優紀、日替わりのアルバイトの3人で店を回している。
「はい、おしぼりとお通しね」
「あ、切り干し大根だ!
しのちゃんの切り干し大根、大好き」
料理が好きな美鈴は、しのぶから簡単なレシピを教えてもらう事が多い。
しのぶが作る料理は、簡単なのに美味しいのがポイントである。
「お腹空いてるでしょ?
何か作ろうか?」
「じゃあ、炒飯食べたい」
メニューには載ってない料理をリクエストしても、しのぶは作ってくれる。
他のお客さんに見られる事はあるが、しのぶが美鈴を妹のように可愛がっている為、誰も文句を言わない。
それに、「作りすぎちゃったから」と、他のお客さんにもお裾分けをする事を忘れないのも、しのぶの配慮のお陰だ。
冷えたビールジョッキを受け取った美鈴は、冷えたビールを喉に流し込んでいく。
「あ"~っ、美味い!」
「鈴ちゃんは相変わらず、おっさんくさいなあ」
「仕事の後のビールは格別だもん。
しのちゃんだって解るでしょ?」
「解るけどさ、鈴ちゃんは綺麗なんだからもうちょい品よくしなさいって」
しのぶに綺麗と言われるのは嬉しい。
その辺の男に言われるよりも、ずっと嬉しく感じる。
『しのちゃんが男の人だったらなあ』
何度思ったか解らないくらい、そう思う美鈴だった。
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