第4話
「名前を聞いてきた人間は君で二人目だ……変なの、全然似てないのに」
あいつ、というのが男に名前をつけた人なのだろう。
どんな人に名前をつけてもらったのか。男にとって、どういう相手だったのか。聞きたいことがたくさん出てきてしまった。この世に未練なんて微塵もなかったのに。
まぁいい、どうせもうこの身体はだめだ。沙耶は目を瞑り、全身から力を抜いた。
「今、死なれちゃ困る。君をうんと幸せにしてから殺してあげるって言ったでしょ? ほら口を開けて、少し戻してあげるから」
身体に力が入らず唇を開けられない。
男は沙耶の唇をこじ開けて舌先を捻じ込んできた。ふたたび身体が熱を持ち熱くなるが、今度はぽかぽかと包まれているような温かさだ。
指先までじんっと痺れて、汗がふきだしてきた。
「なに、したの?」
「話は後だ。ここから出よう」
「え……?」
ここを出てどこへ行くというのか。
沙耶には行く場所などどこにもないというのに。それならいっそのこと、ここで殺してほしかった。
「無理よ。私はこの家に買われてきたの。いなくなったら、この家の主人が地の果てまで追いかけてくるわ」
「俺たちの住まいに人間は近づけない。ねぇ、何度も言わせないでよ。君のことはちゃんと俺が殺してあげるから。まずは俺が食べられるくらいに太って」
ふわりと身体が持ち上げられて窓が大きく開いた。
びゅっと強い風が室内に入り込んでくる。ちゃんと殺してあげる、と言われてどうして自分はこんなにも笑っているのか。
男が二階の窓から飛び降りる。重力で落ちる感覚に身体を強張らせるが、いつまで経ってもやってこない。
恐る恐る目を開けて目の前を見ると、男の身体は空を飛んでいるかのように駆けていた。
男の首に腕を回すと、沙耶を落とすまいと長い尾が身体に巻きついてくる。まるで抱きしめられているかのようだ。
人じゃないのに、温かい。ぎゅっと長い毛並みに顔を埋めて、溢れる涙を隠した。
(私、こんなに大切そうに抱きしめてもらったのも……初めてなのよ)
沙耶を落とさないようにしてくれているだけだ。食べられなくなってしまったら困るから。そうだとしても嬉しかった。
そのまま沙耶はうとうとと眠りの淵に落ちていった。
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