第59話

堀川と付きあえば、亨と真の過度な愛情表現も止まるかもしれない。そして、亨と真がほかの女性に目を向けるようになる?

 望んでいた結果が得られるはずなのに、ちっとも嬉しくなかった。


(ほかの女性……)


 咲良はただ、ずっと今のままでいたかっただけだ。三人で仲良く暮らしたかっただけ。

 朝、寝起きの悪い亨にベッドに引きずり込まれるのも、真に運転席からたびたびちょっかいをかけられるのも、いやではなかったけれど嬉しくもなかったはずだった。


 ──俺たちにお前よりも大事な存在ができても、お前平気なの?


 亨の言葉が脳裏に響く。

 寝汚い亨を朝起こす役目は、その誰かに変わるだろう。弁当を作る必要もなくなる。そうなったら、咲良にするように、その誰かを朝、亨は抱き締めるのだろうか。

 ベッドに引きずり込んで、あんなに愛しそうな目を咲良以外の誰かに向けるのか。行ってらっしゃいのキスをほかの誰かに求めるのか。

 隙あらばキスを仕掛けてくる真は、助手席に乗せた誰かを愛おしそうな目で見つめて、キスをするのか。着替えを手伝って、首筋にキスをするのか。


(私にしたみたいに……?)


 想像しかけて、涙がこぼれた。

 自分ではないほかの女性を想像するだけで苦しさに襲われる。


「咲良、どうしたの? 泣いてる」

「え……あ、ほんとだ」


 気づくと頬が涙で濡れていて、慌ててそれを手の甲で拭う。


「そんなにあの人たちが好きなら、早く認めればいいのに」


 ぼそりと堀川が言うと、知子の手が伸びて彼の背中をバンッと叩いた。知子は人差し指を唇の前に立てて「しぃー!」と言っている。

 好きは好きでも、これは家族愛だ……なんてもう言えない。

 ほかの女性に渡したくないというこの感情は、家族としての情だけではないと、とっくにわかっている。


(でも……兄妹なのに、しかも、二人とも好きなんて言えるわけないよ)


 気づいてしまうと、苦しくてしょうがない。自分はちょっとおかしい。普通恋愛感情は一人に対して向けるものだろう。それなのに、どちらも好きで、どちらも離したくないなんて。

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