第57話

「いやいや、普通でしょ、それ。男に慣れる必要はないよ。それにお兄さんたちと一緒にいるのが平気なのは、慣れというより咲良の気持ちの問題じゃないの?」

「私の気持ち?」


 周囲を女性に囲まれているからか、安心して肩から力が抜けた。


「お兄さんたちといるときは、今よりもっと安心しきった顔してるもの。手を繋がれて嬉しそうだし」

「それはだって、亨くんと真くんだし」


 幼い頃から一緒にいる二人だから安心していられるのだ。そう言ったが、知子に釈然としない顔を返される。


「ずっと思ってたけど、やっぱりあの人たちが咲良を見る目は妹のそれじゃないわよね。咲良もそう、傍目から見てると恋人みたい」


 恋人に見られることには慣れている。何度誤解されたかわからない。

 亨も真も気にしていないし、誤解させておけばいいと言うから咲良も気にしないようにしていた。

 けれど、最近では誤解ではなくなってしまっている。

 亨と真の想いはわからないが、咲良は彼らの想いが恋愛感情であればいいと期待しているみたいだ。


「恋人って、それはないよ。兄妹仲がいいからじゃない?」


 誤魔化すように咲良が言うと、堀川が呆れたような声で続けた。


「俺、妹に行ってらっしゃいのキスは求めねぇぞ?」

「み、見てたのっ?」


 堀川が頷いたのを見て、咲良の頬が見る見るうちに赤く染まっていく。

 車内だから誰にも見られていないと油断していた。つい家にいるときのように亨と接してしまっていたのだ。


「何度かな。むしろ、あれだけ車の中でいちゃついておいて、隠してるつもりあったのかって驚いてるよ」

「いちゃついて、ないよ」


 咲良が小声で返すが、堀川は信じてなさそうな声で「へ~」と言ってくる。


(だって、あれは……行ってらっしゃいのキス、してただけだよ……)


 あれだけでいちゃつくと言われるのだろうか。咲良にとって、それはいつものことなのに。では、ベッドに二人で寝るのは? 唇へのキスは?

 次々と疑問が浮かぶが、きっとそれを口に出したら呆れられるだろうことはわかっていた。


(そういうの、兄妹でするのはおかしいって、もう、なんとなくわかってる)

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