第56話
咲良、と呼び捨てられたことにも驚いたが、それよりも男性が身体を寄せてきたことに衝撃を受けた。
「最初見たときから、すごい可愛いって思ってたんだ」
膝に下ろした手をぎゅっと握られて、もう片方の手が腰に回される。ぐっと近づいてきた男性との距離に驚き、咲良は身体を固くした。
知子はトイレにでも行っているのか、席に戻ってこない。堀川はべつの男性との話に夢中でこちらに視線を向けてはいなかった。
(うそ……やだ)
酒臭い息がかかり、膝の上に置かれた男性の手が目的を持ったように動かされる。スカートを捲り上げようとしているのではないか、と気づくと、恐ろしさに身が竦む。咲良は必死にスカートを押さえて、身体を硬くした。
(気持ち悪い……)
触れられるだけで全身に鳥肌が立つような悪寒がする。自分の知っている手とは全然違っていて、体温も手の大きさも違うことに泣きたくなった。
やはり亨と真が言っていたことは本当だったのだと、自分の迂闊さを呪いたくなる。
「触らないで、ください」
小さな声で拒絶すると、男性はすぐに手を離してくれたが、恐怖はなかなか消えてくれない。
「あ~ごめん。酔ってて自制が効かなかった。ほんとごめん」
男は咲良を宥めるように、手を重ねてぽんぽんと軽く叩いた。悪い人ではないのだろう、だが、すでに咲良は疲労困憊だ。
「咲良~こっちの席来ない? 女子トークしよう!」
知子の声が、隣ではなく別の席から聞こえてきた。もともと知子が座っていた席はいつの間にかべつの女性に取られている。
「すみません……友だちが呼んでるので」
「うん、ごめん」
男性は意外なほどあっさりと引いてくれた。咲良は席を立ち、グラスを持って知子たちのテーブルへと移る。
「助けるの遅くなってごめんね。トイレ行ったら席がなくなってて」
「ううん、助かった。いやな人、ではなかったんだけど」
自分はここに出会いを求めてきたはずだ。先ほどの男性はたしかに距離が近かったが、周りを見れば男性に寄りかかっている女性もいるし、あの程度ならば亨と真に触れられるのとさほど変わらないはずなのに。
「私……ほんとだめだね。亨くんと真くん以外の男性に慣れてなさすぎて。初めて顔を合わせる人だと、なんか怖いみたい」
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