第55話
初めに自己紹介をされたものの、さっぱり名前は覚えられなかった。
一時間も経つ頃には、合コンを一度経験できたのだからもういいかな、と帰りたくなってしまった。
飲み会が始まってしばらくすると、全員、酔いが深まってきたのか、席を移動し始めた。気づくと、知子は隣にいなかった。
「俺、ここ座ろっと」
場慣れしていない咲良はずっと同じ端の席に座っていたのだが、誕生日席に知らない男性が座り、こちらに話しかけてくる。
「咲良ちゃん、だよね?」
「あ、はい」
亨と真以外の男性といえば、店舗に来る客くらいだ。こういう場でどんな話をしたらいいのかまったくわからず、咲良は助けを求めるように周囲を見た。
「なんか慣れてない感じで可愛いよね」
「ええと……ありがとうございます?」
「いくつだっけ。あ、二十四歳か。花屋さんで働いてるんだっけ。そこも可愛いな~。いつもどういうところで遊んでるの?」
「いえ、あまり遊んでは」
「へぇ、そうなんだ。尽くす系? 俺、ますます好きかも」
「はぁ」
咲良は男性がぺらぺらと喋る内容に相槌を打つしかなかった。
「咲良ちゃんっておとなしいね。俺、そういう子好きなんだ。もし良かったらさ、この後、二人で飲み直さない?」
飲み直す、という言葉に驚いてしまう。
男性は咲良の横で話している最中も、ずっと酒の入ったグラスを傾けていた。こんなに飲んで体調は大丈夫なのだろうか。
「まだ飲むんですか?」
「ははっ、違うって。飲みは口実。ただ、もっと二人で話したいってだけ。飲むのがいやなら、家に来る?」
亨と真に散々教え込まれてきた「家に誘われたら襲われると思え」という言葉を思い出して、咲良は首を横に振った。
「いえ……これが終わったら、帰らなきゃいけないので」
「警戒心強いね~。まさか俺になにかされると思ってる?」
「そういうわけじゃ……」
さすがに本人に肯定を返すことはできず、咲良は「すみません」と謝った。
「ほら、この店うるさいしさ、静かなところで落ち着いて話したいなってだけなんだ。カフェとかでもいいよ。この時間やってないかもしれないけど。飲み会が終わったら、咲良と会えなくなるじゃん。もっと知りたいんだよ」
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