第51話

亨も真も、行動は変わっていない。咲良に対しての愛情も。ただ、以前とはなにかが違うとしたら、それは自分の心でしかない。もしかしたら、と期待してしまっているのは、咲良がそれを望んでいるからではないのか。


「甘すぎるのは苦手だけど、お前の匂いならいい」


 下ろした髪を流され、露わになった首筋に唇が触れた。舐められた感触まであって、くすぐったさに身を捩ると甘噛みされる。

 もうやめて、と口を開こうとしたそのとき、予熱していたオーブンが予熱完了音を響かせた。


「こら亨。もう少し〝待て〟してろよ」


 ブラウニーを焼くための型を準備していた真が、背後にいる亨を無理矢理引き剥がした。亨は不服そうに真を睨む。


「いいじゃねぇか。どうせ外で散々いちゃついてきたんだろ?」

「それは否定しないけど」

「ずるい」

「じゃあ、あとですればいいよ、俺もするけど」


 二人の会話の内容についていけず、困惑する。

 まるで亨が咲良にキスをしたいと言っているように聞こえる。真もわかっていて、亨を煽っているような。


(二人が私に向ける感情は……恋、なのかな。私は、恋であってほしいって思ってるの?)


 どうしたらいいのだろう。二人のことは家族として大好きだ。愛されているのは十分にわかっている。ただ、その愛が恋だとしたら。


(わからないよ。私は……恋なんてしたことないし)


 二人とキスをして、それをいやだと思わなかった。だから恋なのか。違うのではと考えても、それを否定するだけの材料もない。

 おかしい、とは思う。咲良と彼らは義理とはいえ兄妹だし、そもそも二人と付きあうなんてことはできないのだから。


(もしも……告白とかされたら、私は、どちらかを選ばないといけないの?)


 選んだら、選ばれなかった方はどうなるのだろう。今までと同じでいられるのだろうか。それとも咲良のもとから去っていくのだろうか。

 いつだって頭に思い浮かぶのは二人の顔なのに。


(だって……亨くんとも、真くんとも……離れるのはいやだよ)


 咲良には選べない。

 このままではいけないのだろうか。変化してしまいそうな関係は咲良を不安にさせる。

 誰も結婚しないで独身のまま、三人で兄妹を続けられたら、そう願ってしまっている自分が一番危ういところにいる気がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る