第48話

「そんなふうに誘うから、止まらなくなるんだよ」


 ちゅっと音を立てて、唇を優しく塞がれた。

 背後からクラクションの音が鳴り、身体が離れていく。いつのまにか信号が青に変わっていた。

 どくどくと激しい心臓の音が頭の奥に鳴り響いた。キスされて嬉しいと思ってしまっている自分の感情をもう否定できなかった。


 ***


 家に帰ると、ベランダに干していた布団はすべて取り込んであり、昼食の準備が整っていた。食材を冷蔵庫にしまって、キッチンに立つ亨に声をかける。真は買った食料を冷蔵庫に片付けてくれていた。


「亨くんが作ってくれたのっ?」


 咲良は鍋の中を覗き込み、感動したように声を上げた。


「あぁ、たまにはな。あとでチョコレート食べるなら、軽めでいいだろ?」


 鍋の中には、切った野菜や肉が大量に入れられ、うどんと一緒に煮込まれていた。どう見ても四人分はあるが、この二人なら食べられるだろう。

 洗い物が大量にシンクに置かれているが、作ってくれただけありがたい。


「寒かったからおうどん嬉しい」

「赤いもんな、顔」


 頬を両手で包まれる。亨の手は温かく、触れられた部分から熱が伝わってくる。

 顔が赤いのは、寒かったからではない。

 信号で停まるたびに、真がキスを仕掛けてきたからだ。帰るまでに何度口づけられただろう。信号が近づいてくると、自分が赤と青のどちらを望んでいるのかわからなくなった。


(私、ふらふらしすぎ……)


 亨にキスをされて、真にも。家族愛ならまだしも、もし彼らが咲良に恋愛感情を向けているとしたら、咲良はどうすればいいのだろうか。


(二人となんて、絶対変だし……しかも、兄妹でなんて)


 恋愛感情ならば、合コンに行ってもいいだなんて言うはずもないから、自分の勘違いだと思うが。

 それに、今までは男性が参加する集まりに行くことは許されなかったのに、どうして急に手のひらを返したのか、疑問は解消されないままだ。

 目を伏せた咲良に気づいたのか、亨が訝しげに顔を覗き込んでくる。


「なにかあったか?」

「う、ううん……なんでもっ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る