第42話
「あぁ」
亨はテーブルに置いてあるスマートフォンを操作し、連絡先を表示した。手にあるのは咲良のスマートフォンだ。咲良は、パスワードが知られていることはもちろん、亨と真の指紋でロックが解除されることにさえ気づいていない。
プライバシーもなにもあったものじゃないとわかっているが、連絡先の中に男の名前があったらと考えると、自分も真も落ち着いてはいられない。
これまでは、たびたび咲良のスマートフォンを確認しては、まだ誰のものでもないと安堵する日々だった。
「あった、おそらくこれだろ。山下知子、美土里花園ってあるし」
「わかった。俺が連絡しておくよ」
真は亨の手にあるスマートフォンを覗き込みながら、自分のスマートフォンに連絡先を登録する。
「あと、堀川克巳、もな」
「もちろん。俺たちがこんなことしてるって知ったら、咲良、怒るかな」
珍しく真が自信なさげな声を出す。自分にとっても真にとっても、弱みとなるのは咲良だけだ。
「なんだかんだ文句は言うだろうが、あいつ……俺たちのこと好きだろ。恋愛感情込みで。本人はまったく気づいてないけどな」
亨と真にとって、咲良は誰よりも大切な家族だ。たとえ血が繋がっていなくても妹で家族で恋人だとも思っている。
(咲良は、俺たちがあいつを嫌ってたと知っても、それでもそばにいた)
まだ四歳にもならない頃。
亨と真は幾度となく母親の裏切りを目の当たりにした。
おそらく、幼い自分たちになら、気づかれないと思ったのだろう。母親は男をとっかえひっかえし、父と眠るはずのベッドで睦みあっていた。
普通の子よりも甚だしく理知的な子どもだった亨と真が、正確に母の行動を理解してしまっていたことは不幸だったと今になって思う。
その光景は悍ましいとしか言いようがなく、母親の喘ぎ声や男の息遣いに、幼いながらも吐き気を覚えるほどだった。
男と女の性別の違いを理解していても、母親は自分たちにとって女ではなかった。だからこそ、女という生き物に嫌悪感を抱くのは当然だった。
母の不倫がバレて父と離婚した後も、女に対しての忌避感は消えるどころか増す一方で、そんな自分たちを父は心底心配していた。
それから何年かが経ち、父が再婚することになった。そして新しい母親が家にやってきた。小学六年にもなれば、感情を隠す術も覚えて、心で女性を拒絶していても、表面上ではなんとか上手くやれる。
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