第26話
「なんなんだよ、しつけぇ」
苛立ちを隠そうともしない亨の声が響いた。振り返った亨の目は鋭い。
女性の一人がびくりと肩を揺らしたのは、エリート然とした亨の粗野な口調に驚いたからだろう。
(亨くん、意外と口悪いからなぁ)
薔薇に棘あり、とは西洋のことわざからきているらしいが、亨を知っていると、言い得て妙だと思う。
彼女たちは、亨の咲良に対する振る舞を見ているから、迂闊に近寄ってきたのだろうが、本来の彼は好き嫌いが激しく、機嫌の善し悪しがすぐに態度に出るタイプだ。
(私がいない方がいいよね)
咲良がいれば火に油を注ぐ結果になりかねない。そう思い口を開く。
「私、車で待ってるよ。鍵貸して」
「お前はここにいろ」
亨は咲良の手のひらに指を絡ませると、きゅっと強く握った。逃がさないぞ、と言われているようで、咲良は内心ため息を漏らすしかない。
(あぁ、亨くんがまたシスコンだと思われちゃう……)
シスコンに違いないのだが、亨の話を間近で聞かされる咲良の身にもなってほしい。この兄は、いかに咲良が可愛いかを力説するに違いないのだ。
「その子、妹だって聞いたんですけど、本当は付きあってるんですか?」
「やっぱりあなた、うそついたんでしょ!? 信じられない!」
「でも、恋人には見えないわよ。全然似合ってないじゃない。顔だって普通だし」
亨に相手にされないと知るやいなや、彼女たちの矛先が咲良に向かう。これもまたいつものことだった。
彼らの隣にいると、必ず言われる「似合ってない」「不釣り合い」の言葉。
咲良にとっては今さらだし聞き慣れているけれど、それを絶対に許さないのがこの兄だ。兄たち、だと言うべきか。
「咲良の顔が普通? どこを見て言ってんだ。これほど可愛い存在がほかにいるかよ。そもそもお前らには関係ない」
ばっさりと切って捨てるような言い方に女性たちがたじろいだ。
だが一人の女性が負けじと言い募る。
「で、でも……っ、妹とそんなふうに手を繋ぐなんて、おかしいじゃないですか!」
「おかしくない。妹が好きでなにが悪い。今は手を繋ぐだけで我慢してるんだ。外でキスすると怒るからな」
亨は自慢げに言うと、咲良と繋いだ手を持ち上げて指先にキスをした。
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