第17話

「おはようございまーす!」


 美土里花園の裏口のドアを開けて中に入ると、すでに出勤していた堀川ほりかわ克巳かつみが手を止めずに笑みを向けてくる。


「はよ。今日もシスコン兄さんの送迎か?」


 彼は同期入社で、咲良に対して遠慮がなく付きあいやすい。

 しかし、亨は堀川のこともあまりよく思っていなそうで、迎えのたびにハラハラしてしまう。


「シスコンって言わないでよ」


 毎朝からかわれるため、こちらも慣れたもので、数少ない男性の友人でもあった。数少ない、と言うより、唯一の、と言った方が正しいかもしれない。

 いかにもスポーツをやっていそうな短髪に健康的に焼けた肌が魅力的だと、彼を慕う女性も多い。見目麗しい義兄を見慣れている咲良から見ても、かっこいいと思う。


「お前もブラコンだから似たもの兄妹か」

「その話題……グサグサくるから今はやめて」


 シスコンだのブラコンだのと言われ慣れているが、今この話題はきつい。一生独身どころか、このままでは恋すらできなそうな現状に打ちのめされているところだとは言えなかった。


「なんで? 今さらだろ」

「そうなんだけど!」


 堀川は花の根元をぱちりと挟みで切りながら、はははと声を立てて笑った。


「ま、あれだけかっこいいお兄さんから溺愛されてたら、ほかの男なんて目に入らないのはわかるわよ」


 そう言ったのは、もう一人の同僚である山下やました知子ともこだ。咲良の二歳上でこの店の店長でもある。

 上司と部下といった雰囲気ではないのは、知子の人柄のおかげだ。

 プライベートで会ったことはないが、仕事帰りに食事に行くことはたまにあり、知子とも友人付き合いをさせてもらっている。


「目に入る以前に、咲良の視界は完全にあの二人に遮られてるよな?」


 堀川の言葉に、知子は笑いながら「たしかにね」と頷いた。


「咲良の恋人になるためには、あのお兄さんたちに認められなきゃならないんだもんねぇ。帰りに迎えに来ると、妹に近づくやつは許さないって周囲をばりばり牽制してるし。あはは、咲良は結婚を諦めた方がいいかもね」


 咲良がぎくりと強張らせると、知子が「なにかあった?」と尋ねてくる。なにかあったわけではなく平常通りなのがむしろ問題だ。


「やっぱりシスコン過ぎるよね……おかしいって思う?」

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