第14話

「ははっ、それいいな。俺もお前に飼われたい。あーだからマーキングされたのか。俺もしよ」


 笑っているのになんだか怒っているような気配を感じさせながら、亨が首筋に顔を埋めてくる。彼の息が首筋にかかってくすぐったさに身を捩る。


「もうっ、くすぐったい! 何回も言ってるけど、亨くんもすぐ触るのやめてよ。また恋人だって勘違いされる」

「勘違いくらいいいだろ。させとけよ」

「よくありませーん!」


 茶化して返すが、亨は心底どうでもいいように肩を竦めた。

 話が止まり沈黙が落ちたタイミングで、切りだす。


「ねぇ、本当に疲れ過ぎてる……とかはないよね?」

「疲れ? ねぇよ、早く帰ってるだろ?」

「ペットになって一日中ごろごろしてたいとか、そういう願望が表れてるわけじゃないの? 無理して会社帰りまで迎えに来なくてもいいよ?」

「そう取ったか。それはそれで惹かれるけど、違うな。迎えは俺らが好きでしてることだから、お前がやめろって言っても聞かない」


 亨が失笑を漏らすが、なにを考えての発言だったかはよくわからなかった。

 たしかに二人とも要領がよく、あまり残業はしない。咲良を家に一人にしないためなのか、どちらかが遅くともどちらかは必ず早く帰ってくる。

 両親が一緒に暮らしていた頃から、咲良を職場まで迎えに来ることはしょっちゅうだったから、もしかしたら母に頼まれたのかもしれない。


「そろそろ出ないと時間ないか。もう少しイチャイチャしたかったな」

「したくないよ! 早く出して!」


 チョイスする言葉が度々間違っている気がするが、いちいち怒ったところで徒労に終わる。そうやっていつものことと咲良が流しているのも悪いのかもしれない。


「はいはい」


 亨はそう言ってエンジンをかけた。車だから時間に余裕を持って出てはいるが、そろそろ道路が混んでいたら遅刻しそうな時間である。

 車はゆっくりと車道に出る。

 咲良は、亨と真の勤務地とほど近い場所にある『美土里花園みどりかえん』でフローリストとして働いている。『美土里花園』は、フラワーショップ経営だけではなく、公共施設の庭園やウェディング事業にも力を入れている企業だ。

 マンションからは徒歩と電車合わせて四十分ほどかかるが、毎朝亨に勤務地まで送ってもらっているため満員電車とは無縁であった。


「帰りは時間通りか? 今日も俺が迎えに行くから」

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