第7話

「亨……抜け駆け禁止だっつってんのに。毎朝、毎朝、本当に油断ならない」


 朝の挨拶に抜け駆けもなにもないと思うのだが、妹を溺愛する兄たちの攻防もまた咲良にとって見慣れた光景であった。

 見た目も性格もまったく似ていないのに、どうしてだか咲良を可愛がるという一点においてだけは仲の良さを発揮するから、心底不思議である。


「抜け駆けなんてしてねぇよ。お前だって、早く起きて咲良といちゃついてるくせになに言ってんだ」

「俺は、ベッドに引きずり込むなんてことしない……ほら咲良おいで」


 真に両脇を抱えられて、亨の腕の中から引きずり出された。そのまま背後から抱き締められ、亨の唇が触れた部分と反対側の頬に口づけられる。


「真くんとはもう挨拶したでしょ」

「二回挨拶したらだめって決まりはないよね。どうせ亨だって顔中にキスしてるでしょ? あ、口……はしてないか」


 真はにっこりと天使のような微笑みを向けてくる。

 そういえば先ほど口に近い場所にキスされそうになったな、と思い出していると、咲良を見る真の目が細くなる。


「なに? この可愛い口にもキスさせたの?」

「ち、違う違う。近いところに当たったってだけ。ね、本当に時間なくなっちゃう。ご飯食べよう」


 亨だって、唇にキスをしようと思ったわけではないだろう。顔を動かしたせいでたまたま触れそうになってしまっただけだ。

 妹の唇にキスをするなんて、亨が変態みたいではないか。まぁ溺愛されているのは間違いないが、亨も真も家族なのだから。


「まぁいいや。咲良、行こう。亨……それ、早くなんとかしてきなよ」


 真が亨に向かって指を差して言った。それ、とは早く着替えろという意味だろうか。

 咲良が尋ねる間もなく、引きずるようにして廊下に連れだされてしまう。


「あ、亨くんの部屋に飾ったアネモネ、水変えようと思ってたんだ」


 忘れてた、と手を叩き、もう一度ドアを開けようとすると、背後から腰に腕を回され、引き留められた。


「ちょっと待った。今はやめておいて」

「なんで?」

「なんでも。俺があとで花瓶の水は替えておくから。それより咲良、亨に毎朝抱き締められてるんじゃないよ」


 真に苦言を呈されて、咲良は唇を尖らせる。

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