第4話

もがけばもがくほど亨の力は強くなる。まるで、蛇に絞め殺されそうになっているみたいだ。


「あと五秒ね」

「無理。あと五分」

「仕方ないなぁ」


 抵抗することは無駄だと悟った咲良は動くのを止めて、亨が自分で起きてくれるのを待った。腕が取られて、背中に回すように動かされる。おとなしく従うと、額に唇が触れてちゅっと水音が立つ。


「咲良、可愛い」

「はいはい、亨くんもかっこいいよ」


 ぽんぽんと背中を叩くと、満足そうに唇が弧を描き、今度は咲良の目尻に口づけられた。


(ほんと妹溺愛しすぎ……ま、私も同じだけどさ)


 亨も真も、咲良にとって大好きな兄たちだ。

 毎朝、こうしてぎゅうぎゅう抱き締められるたびに文句を言っていても、結局なんだかんだ許してしまうから相当甘いのだろう。

 無駄に体力を消耗しない方がいいと学んだだけかもしれないが。


(会社ではエリート役員としてばりばり働いてるくせに、家じゃずぼらだもんねぇ。亨くんにキャーキャー言ってる女の人に見せてやりたい。だめか……逆に亨くんが襲われかねない)


 亨に好意を抱いている女性がこの寝起きを見たら失神するのではないだろうか、そう思うほどに亨の朝の姿は色っぽい。

 長年一緒に暮らしている咲良でさえ、時折見蕩れてしまうくらいだから、どれほどモテるかなど想像に難くないだろう。


(真くんはお義父さん似だけど、亨くんはあまり似てないもんね。写真見たら、おじいさんとそっくりだったから隔世遺伝かな)


 一年ほど前から両親は仕事で海外を拠点としており、都心一等地に建つこの家に三人で暮らすようになった。

 三人とも働いているため家事は分担しているが、寝起きの悪い亨をこうして起こすのはもはや咲良の仕事と化している。


(これで、本当に仕事できるの?)


 曽根山不動産は、亨と真の祖父が起こした会社である。

 義父である曽根山隆が祖父の後を継ぎ、曽根山不動産の社長として君臨してから早二十年。会社は規模をさらに大きくし、日本の不動産業を牽引する大企業へと発展し続けていた。


 息子である亨と真もまた、二十八の若さで取締役として名を連ねており、どちらが社長職を継いでもおかしくないとまで言われている逸材だ。朝のこの様子を見ていると亨に関してはどうにも信じがたいが、真がそう言うのだから間違いないだろう。

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