第2話

「なに?」

「いや、可愛いなって思っただけ」

「真くんの方がよっぽど綺麗だけどね、ありがと」


 甘ったるい微笑みを向けられると兄だとわかっていても癒やされる。サイドボードの一角に飾られた、赤みがかった紫のアイリスの花のような凛とした美しさだと、咲良は思っている。

 薄茶色の髪は癖が強く、パーマをかけているわけでもないのに毛先に緩いウェーブがかかっている。長いまつげとぱっちりの二重、丸い目はまるでビスクドールのような人形めいた美しさだ。

 ひとたび微笑めば、皆がつられて笑顔になってしまうような愛らしさがあるものの、部下からは怒っている時の笑顔が怖いと恐れられているらしい。たしかに真が本気で怒ると、亨でさえ押し黙るほどの迫力がある。


「天気予報見た?」

「うん、お天気お姉さんが雨降らないって言ってた」

「わかった」


 真は、咲良の頭をぽんと軽く叩いて、名残惜しそうに手を離す。


「ありがと。よろしくね」


 咲良はキッチンを出て、階段を上がっていく。


 向かうは、もう一人の兄の部屋だ。

 ドアの前に立ち、ノックを一度。室内に動きはない。

 これだけで起きるはずがないことはよくわかっている。咲良は、もう一度ドアをノックし、外から声をかけた。


「亨くん! もう時間!」


 亨は朝に弱く、目覚ましをかけてもまったく起きられない。そのため、小さい頃から亨を起こすのは咲良の役目だった。

 真には、亨を甘やかす咲良も含めて呆れられているが、一緒に住んでいるのだからこの程度はべつに苦ではない。

 ただ、寝起きの悪さに巻きこまれることに毎回うんざりしているのだ。


「ねぇ~起きて!」


 咲良はドアを開けると、こんもりとしているベッドに両手をつき、思いっきり掛け布団を剥がした。丸くなって眠っていた亨は掛け布団を剥がされても微動だにしない。


「亨くんっ、起きてってば! 仕事遅れるよ! 毎朝、四つも下の妹に起こされて恥ずかしくない? ほんとどうにかしてよ、まったくも~」


 咲良は亨の身体を揺さぶりながら、声をかけた。しばらくすると、亨が寒さにぶるりと全身を震わせて、咲良の腕を引っ張る。

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