第95話

彼が入ったのを確認して玄関の戸を閉めた途端、外気の噎せ返るような暑さが一瞬にして終わりを告げる。





「夢月、予定とか大丈夫なの?」


「平気。前倒しで全部終わらせて来たんだ。」


「そうなんだ。」





流石だ…。鈴からちらりと小耳に挟んだだけでもかなりハードなスケジュールだったはずなのに、夢月は涼しそうな顔で余裕を滲ませている。




出納長を作成するだけで口から泡を吹いて白目になる蘭とは大違いだな。






「真白に会いたかったからね。」





不意討ちで投げつけられた甘い言葉に、私はその場で蹲りそうになる。



この人何でこんなに次から次へと人を翻弄させる言葉を吐いてくるの?




言葉の魔術師かよ。






「あ、そうそうこれ、買って来たんだ。」


「え、これ人気店のガトーショコラ…。」


「真白好きでしょう?だから喜んでくれるかなって。」





え…私の為にあの灼熱の中並んでくれたの?






「蘭はお遣いだけは上手だからね。」


「………。」





あの男、最早生徒会書記じゃなくてただのパシリなんじゃないだろうか。




どうやら蘭が人気店に並びに行ってくれたらしい。



暑さで顔が死にそうになっている蘭の姿が容易に想像できて、危うく吹き出しそうになる。






「どうして突然家に?」





お家はお隣同士だけれど、高校になってからは夢月が紫陽花財閥の跡取りとして社交界に顔を出す頻度も多くなったり。



私も如月家の娘として挨拶や顔見せの為に外に出る機会が増えたりと、何かと互いの都合がつきにくくなっていた。




そんな夢月が、私の家にやって来た。



しかもわざわざ、予定を前倒しにして片付けてまでここに来てくれた。





夏休みに彼と会う回数が、今年は例年より多い。



その事実に、自然と心が弾んで踊り狂いそうになる。

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