第86話
重なり合った唇が、酷く熱い。
「んっ……んんっ…。」
隙間から侵入した相手の舌が、逃げ惑う私のそれを掬い取る。
互いの体温が溶けて一つになる感覚が、僅かな羞恥心と多大な幸福感を運んできてくれる。
「剣…。」
「あんま煽んな。我慢できる自信がねぇ。」
情欲を孕んだ相手の瞳に映る自分の顔は、蕩け切っていて見てられない。
肩で息をして酸素を求めながら、苦笑を漏らしている綺麗な恋人の頬に手を伸ばした。
指先に伝う、剣の体温は高くて。
頬を紅潮させている相手が愛おしくてたまらなくなる。
「……良いよ。」
「え?」
波の音に攫われてしまいそうな程に微かな声が、口から零れ落ちる。
ちゃんと聞き取ってくれたらしい恋人は、目を見開いて瞬きを数回繰り返した。
「…っっだから、我慢しなくて良いって言ってんの!!!!」
半分は照れ隠し。
半分は開き直り。
可愛くない私は、少し声を荒げて訴える。
あーあ、もっと可愛く言いたかったのに。
こんな化粧もしてない顔で、貞子みたいに濡れた髪を垂らしながら言うつもりなんてなかったのに。
もっと、お洒落な寝間着とかで誘惑したかったのに。
こんな色気もへったくれもない女なんて、嫌気がさしてしまうんじゃないだろうか。
胸中で錯綜するのは、後悔や不安。それから剣に嫌われてしまうんじゃないかという恐怖だった。
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