第85話

手摺りに寄りかかって天を仰いだ横顔すら綺麗で、私は静かにその男に見惚れるばかり。




「星、綺麗だな。」


「うん。私も同じこと思った。」


「真白。」


「な、なに?」




ただ名前を呼ばれただけなのに。


それだけなのに。




相手がいつもと雰囲気が違うせいで、返事した声が上擦った。



海風じゃなくて、彼の指先がそっと湿気の残る私の毛先を攫う。





「楽しかったか?」


「え?」


「今日、楽しかったかって聞いてんだよ。」





突然何かと思えば、当たり障りのない質問に拍子抜けしそうになる。




「楽しかったよ。」



剣がいて。


大好きな虎雅の人達と、生徒会の皆と、それからりー君がいて。



騒音レベルは半端なかったかもしれないけど、心の底から楽しくて仕方がなかった。




美味しかったバーベキューやビーチバレー、水鉄砲でのサバイバルゲームごっこ。



思い出しただけでも口許があっさりと脱力してしまう。





「なら仕方ねぇな。」


「え?」


「真白が楽しかったならそれが一番だ。二人きりのデートはまた今度計画するとするか。」





私を見つめる視線が熱い。


剣の顔に浮かぶ微笑が、酷く美しい。





私はタオルを握っていた手をそっと伸ばして、指先で剣のシャツの袖口を摘んだ。





「……剣も…いたからだから。」


「……。」


「剣もいたから、楽しかったの。」


「あんま可愛い事言うんじゃねぇよ。」


「きゃっ。」





ひらりとタオルが舞って、ベランダの地面に落ちる。



私の身体を抱き寄せた相手は、星明かりの下でニヒルな笑みを湛えていた。





「俺もだ。俺も、真白がいるから楽しかった。」




落とされた真っ直ぐな言葉。


全身を包む優しい体温。




「そうじゃなきゃぶっ飛ばす。」


「ククっ、相変わらず最高な女だな。」





剣の広い背中に、勇気を振り絞って自分の両手をそっと回した。

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