第29話

他の人間が誰も目を覚まさないまま、私達は剣の家を後にした。




……のは良いんだけど。






「ちょっと、何これ。」


「タンポポ。」


「違ぇよ、道端に咲いてる花の事を言ったんじゃないよ。何であんたまで着いて来てるのって事だよ。」







私が視線を伸ばした先、そこには私の右手をしっかりと握っている剣の姿がある。



「俺が良い男だからって見惚れるなよ。」って笑っているけどシバかれたいんかお前。




見惚れてないんだよ、呆れてるんだよ。






「全く邪魔だよね、俺と真白のデートに何の用があるのかな。」


「お前にだけは言われたくねぇよ。」


「あはは、ごめんね、鬼帝君が何を言ったのか風に掻き消されて聞こえなかったよ。」


「嘘吐け!!!」





一方、私の左手を握っているプリンス夢月は、暑い夏の南風に吹かれても尚、涼しそうにしている。



汗が一滴も流れていない。



え、この人もう二次元なの???




「ちょっと恥ずかしいんだけど。」


「恥は捨てろ真白。こんな良い男に手を握られてるんだぞ、胸を張れ。」


「張れるかよ、命令すんな。」




見慣れた住宅街の一本道。



ここは間違いなく私と夢月が生まれ育った東にある街だ。



そろそろ我が家と紫陽花家が見えてくる頃だ。




つまりこの辺はご近所さんな訳で、この家の奥さんも、この家のご夫婦だって顔見知りだ。




それなのに、右手は剣。左手は夢月に握られて歩いている私。




捕らわれた宇宙人かよ。


入園式の幼稚園児かよ。




こんな姿をご近所さんにでも見られやしたら、質問が容赦なくぶん投げられるのは目に見えている。




それなのにこの男ときたら、私の心を気遣う気なんて更々ないらしい。まぁ、期待はしてなかったけど。




「彼氏だから俺も送る。」と言い張って聞かなかったこの馬鹿のせいで、本当にこうして東の街まで一緒に来る事になったのだ。




あんた、ありがた迷惑って言葉を知ってる???おい???

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る