第79話

急に強い力に引かれ、身体がいとも簡単に傾いた。



「ちょっ…きゃっ……。」



崩れた先に待っていたのはベッドで、私の身体が深く沈む。




「ちょっといきなり何すんの…「やめとけ。」」



私の腕を捕らえて引いた犯人である肉欲獣を睨もうとした瞬間、今度は顎を掴まれた。


息の掛かりそうな距離に、逸らせない目。



そこに逃げ場はなかった。





「やめとけって…どういう意味。」


「そのまんまだ。あの男はやめとけ、何かある。」


「何を根拠に…。」


「根拠はねぇ。」


「はぁ?」


「でも、裏がある臭いがすんだよ。」




おいおいおいおい、説得力皆無かよ。


要はこの男の単なる勘って事?


付き合ってられないんだけど。




「あんたに口出しされる筋合いないから。ていうかさっさと退いてよ。」




夢月に限って裏があるわけがない。


私には確証があった。



幼い頃からずっと一緒に育ってきて、ずっと近くで見てきた相手だ。


夢月の事は誰よりも知っている自信がある。




「それによ。」




私の声が聞こえていないのか、男はそのまま話を続ける。



二人だけしかいない保健室。開けられていた窓から風が吹き込んできて、カーテンが靡く。


そして私と男の髪までも攫い、さらさらと揺らす。




「勿体ねぇ。」



静かな保健室では、やけに男の声が響くような気がした。




「お前の本性に気づけてない時点でそれまでの野郎だろ。」




やめて…。




「素の方がこんなに良い女なのによ。」




これ以上、何も言わないで欲しかった。





「それを知らねぇなんて勿体ねぇな、あいつ。」



口許に緩やかな弧を描いた男から、私はやっぱり目を逸らせなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る