第78話

保健室と書かれたプレートが下がる扉を開いて、仮病の馬鹿を押し込んだ。



静寂が広がる室内は、保険医もまだ来ていない様子だった。





「あんたマジで何しに来たの?帰れ、さっさと帰れ。」


「ぎゃははははは、お前が素直に俺の言う通りになるなんて快感だわ。」


「殺すぞお前。」


「相変わらず口の悪ぃ女だな!!!!」




ベッドに寝転がって笑い声をあげる肉欲獣に怒りしか湧かない。


楽しんでんじゃねーぞ。


こちとら何も楽しくねーよ。




「お前いつもあんな風に気持ち悪い演技してんのかよ。」


「演技じゃない、あれが私の素なの。」


「嘘つくんじゃねぇ。」


「…………。」


「何でわざわざ気味の悪い仮面を被って生きてんだ。」


「煩いわね、どうだって良いでしょ。」




言動全てが馬鹿っぽいのに、どうしてこういう所は察しが良いんだ。


ずかずかと土足で踏み込んでくる男に目を逸らす。




「良くねぇだろ。お前、息苦しくねぇのかよ。」


「息苦しいわけ………。」



そこまで言って、言葉が詰まった。


余りにも、肉欲獣が真剣な表情をしていたからだ。


その瞳に、全てを見透かされているようで逃げたくなる。



やめてよ。


息苦しいわけない。


ずっと、こうやって生きてきたんだ。


気づけば板についていたし、人前で本音を隠す事が癖になっていた。




「……なの。」


「あ?」


「夢月は私の王子様なの。王子様に似合うお姫様みたいな女の子にならなくちゃいけないの。誰にでも優しくて、誰の悪口も言わない、できた女でいなくちゃいけないの!!!!!」




無意識に声を荒げてしまった。


どうして最近知り合ったばかりのこんな碌でもない男に問いただされないといけないのだろうか。


どうしてこんな奴に…私は溜め込んでいた本音を吐き出しているのだろうか。



取り乱す私を見て、困惑するわけでもなく、咎めるわけでもなく、男はただ静かに口を開いた。




「夢月って…あの胡散臭い野郎かよ。」

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