第56話

清楚でか弱い女子の皮を被って生きてきたこの人生。



夢月だけでなく、周囲の人間にもその印象を植え付けてきた私がここで肉欲獣を殴れるわけがない。



品行方正、頭脳明晰。


教師からの信頼も厚く、生徒会にまで所属している。




血の滲む努力で積み重ねてきた印象を、この馬鹿如きに崩されたらたまったもんじゃない。





「他校の方が何しにいらしたんですか?騒ぎになる前に、早く戻られるのが得策だと思いますよ。」




マジでさっさと帰れ。


肉欲獣に見せるには勿体ない微笑みを浮かべて教室の出口を指差してあげる。




「……ちっ、そうだなとりあえず行くか。」


「え?は?きゃっ……。」




突然身体が宙に浮く。


軽々と私を俵担ぎした肉欲獣は、堂々たる足取りで教室の出口へと歩き始めた。



待て待て待て。お前一人で帰りなさいよ。




「如月!!君、彼女は大切な生徒だ。今すぐ放しなさい。」


「邪魔したな、好きなだけ授業再開しろよ。」




いや話が全然通じないなこいつ。


顔を蒼白させて、慌てふためいている教師が哀れに見えてくる。




「如月、だ、だ、大丈夫だからな。お、落ち着きなさい。」



あんたがまず落ち着けよ。


やはり虎雅の総長という肩書があるからなのか、肉欲獣に近づこうとする人間が一切いない。



皆目を合わせないように俯いて、肉欲獣が歩く所は自然と大きな道ができていく。





「放してもらえますか?困ります。」


「うっせぇ黙れ、口塞ぐぞ。」




どれだけ俺様なの。


その偉そうな口を塞ぎたいのはこっちの方だ。




「じゃあこいつ、借りて行くな。」




私は物かよ。



怖気づいて冷や汗を滲ませている教師や生徒に肉欲獣が拉致宣言をした刹那。




「あ、いた。迎えに来たよ真白。」



廊下からひょっこり現れた美形が艶笑を浮かべた。

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