第54話

黒板にチョークで書かれた数式。


教壇の脇で、説明をしている教師。


ノートに文字を書き込むペンの音。



いつも通りの授業風景。


なんてことのない日常の一部。




周囲と同様、私もペンを走らせる。




「はぁ…。」



自然と零れた溜め息は、恐らく最近変な人間とばかり出会っているせいだと思う。



頭可笑しい肉欲獣に、木の上で寝ていた眠れる森の美形。


そして生徒会室のロッカーで息を荒くさせていた、キューティー変態。




厄払いにでも行った方が良いのかもしれないと本気で思う。


まず開花高校にまともな人間はいないのか?




「つまりこの場合、xとyを求める際にはこの公式を利用してですね…。」




外に視線を投げて、新緑に着替えた桜の木をぼんやりと眺める。


あの木にまた桜の花が咲き乱れる頃、私と夢月の関係は少しでも進展しているのかな。




そんな事を考えては、失恋するくらいなら今の関係でも良いのかもしれないと甘ったれた妥協をしそうになる自分もいる。





「「「きゃあああああああ。」」」




恋する乙女な私の恋愛思考をぶった切ったのは、割れんばかりの大きな声だった。



廊下の方から聞こえた黄色い歓声。



え、何?夢月?



突然の騒ぎに中断する授業。


そして勝手に夢月が来たのだと判断して廊下に目を向ける私。





「何事だ?」




教科書を開いたまま、唖然としている教師。


こんなに歓声を浴びているんだから、夢月に違いない。




「「「きゃあああああ。」」」




こちらに迫る歓声にソワソワしてしまう。


まさか夢月が私に会いに来てくれたのかな。



どうしよう、そのまま手を引いて「会いたかったから我慢できなくて。そのまま何処か行こうよ。」なんて悩殺スマイルされたりなんかしたら。



きゃー!夢月きゃー!好きー!



あっという間に広がる妄想に胸の高まりが止まらない。



妙な緊張感を覚え始めていると、教室の扉が突然開かれた。


扉の先にいた人物と視線が重なる。



妖しく笑う綺麗な人間。




「みーつけた。」


「……オワタ。」




そいつは紛れもなく虎雅の総長、肉欲獣だった。

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