第44話

「木の上で寝てたらこれが引っ掛かってた。取ろうとしたら滑った。」




なるほど、だから木の上から落ちてきたんだね。


ん?いや、木で寝るっていうチョイス可笑しすぎるでしょ。




「ありがとう、これを探してたの。それじゃあ私行かなきゃ。」


「行くの?」


「うん。」




ボールを受け取って起き上がった後、体育着に寄った皺を軽く叩いた。




もう少しここで美形鑑賞していたい気持ちもあるけれど、この授業が終われば夢月と一緒に帰れる。



目前の美形と夢月とを天秤にかければ、やっぱり圧倒的に夢月の方が重い。





「行かないで。」


「……。」


「真白を抱き締めて眠りたい。…駄目?」




駄目じゃないよ。思わず口から零しそうになった己を殴りたくなる。



私には紫陽花夢月という旦那様がいるっていうのに、こんなの完全に浮気だ。





「ごめんね、私授業があるから。」


「そっか。」




ボールを握り締めて、踵を返したけれど手首を強く引かれそのまま飛鳥の腕の中に閉じ込められた。




「やっぱり気持ち良い。」


「あの…。」


「今日は仕方ないから我慢する。」


「ん?」


「迎えに行く。だからまたね真白。」




身体が自由になった私の目に映る、優美な笑み。



ひらひらと手を泳がせて、大きな欠伸を一つ落とした飛鳥は、開花高校の校舎に消えて行った。




変な人だ。



不良らしくもないけど、この時間に木の上で寝ていたという事は授業に出ていないという事になる。




「でも…良い目の保養だった。」




飛鳥の顔を思い出しながら頬を緩めた私は、駆け足で開花高校を後にした。




『先に授業を終えて解散しています。ボールを用具倉庫に戻して教室に帰ってください。親友より。』


「死ね。」



戻ったグラウンドの赤土に書いてあったその文を見て、体育教師の殺害を決意したのは言うまでもない。

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