第30話

「ぐはっ……。」




呻くような声が聞こえたかと思えば、目の前で肉欲獣が悶絶していた。




「て、てめぇ……。」



自分の手がいつの間にか拳になっている。



「あ…。」




夢月の声で驚いた拍子に、私は鬼帝をぶん殴っていた。




「今の殴り方…素人じゃねぇなお前…。」




鋭い眼光が私に突き刺さる。


でも涙目だから全然怖くない。



「あ、あはははは。」


「笑い事じゃねぇ!」




額から汗が滲み出る。


まずい、余りにも不快すぎて思わず本気で殴ってしまった。


全然反省はしてないけど。




「くっそ、痛ぇ。めちゃくちゃ痛ぇ。何者なんだお前。」


「お姫様。」


「こんな野蛮な姫がいるかよ!!!」


「失礼ね、あんたが気色の悪い事しようとするからでしょうが。謝れ。」


「この状況下で謝るべきなのはてめぇだろうが。」




右へ左へ、お腹を押さえて身体を揺らしている。


しかも小さく「うっ…うっ…。」と呻いていて気味が悪い。



「真白?いないの?可笑しいな、こっちから声したきがしたんだけど…。」





確実に近づいている王子様の声に、背筋が凍る。


この状況、かなりまずい。



どう見たって、私がこの男を殴った事は明らかだ。


こんな所見られたら絶対引かれるに決まってる。



え、無理。絶対無理。



数十年も可愛い女の子の仮面を被ってきたのに全部台無しになってしまう。




「真白?」




すぐそこに迫った愛しい声。



「あ?お前急に近づいて来てどうした…「ごめんね、おやすみなさい。」」


「うっ………。」




追い詰められた私は、悶える鬼帝の鳩尾に一発、蹴りを落とした。

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