第87話

最後の花火が上がる前の準備に入ったようで、打ち上げ花火が止まった。

その間に蓮はゴミを捨てに行き、椿のところへ戻る。


「蓮、もっといいところで見ましょう」


「ここだって、十分見れるじゃん」


「あたし、特等席を見つけたので」


「今から移動したって、人が凄いって」


立ったまま煙草やらをポケットにしまっていると。


「まあまあ、あたしにお任せ下さいって」


言い終えると椿は満面の笑みを浮かべながら蓮の前に立ったかと思うと、いきなり蓮をお姫様抱っこをした。

いきなりすぎる出来事に、流石の蓮も動揺してしまう。


「んなっ、何して」


「ちゃんと摑まってて下さいね」


次の瞬間、2人は空高く舞い上がった。

瞬く間に地面が遠ざかって、2人は今、上空にいる。


「ばああああああああっ!!!!」


「おや、蓮が珍しく大きな声を出しましたね」


「と、飛んでるとか嘘だろおおおっ」


「嘘な訳ないじゃないですか。

 あたしが手を離したら、蓮はレッツスカイダイビングですよ?」


「ぜっっったいに放すなよ!?」


そう言うよりも早く、蓮は椿の首にしがみ付いている。

顔は椿の胸に埋めたまま、目蓋をしっかりと閉じている。


「そ、そんなに腕に力を入れられたら苦しいですって」


「命かかってんだから、意地でも離さないからな!」


「何だか、この状況が楽しくなってきましたね。

 あたしは絶対離しませんから、安心して下さいな。

 ほら、景色が綺麗でしょう?」


景色を見る余裕なんて…と思ったが、少しだけ目蓋を開けて顔を上げてみる。


「あ…」


家や建物の灯りが散らばって、星や宝石にも似た景色が、蓮の瞳に入ってきた。

前にテレビで観た、何処かの夜景のようだ。


「綺麗でしょ?

 落ち込んだ時は、こうやって空を飛んで景色を見たりしてまして。

 誰もいないこの空を、景色を、独り占めしてるような気持ちになったりして」


完全に目蓋を開いて、景色を見渡せば、少し遠くに黒い海が見えた。


「言葉が無くても、自然に身を任せて癒してもらってました。

 下からじゃ味わえない、上の景色です」


密着している事もあり、椿の声が近い。

その心地いい声と景色が相まって、何だか違う世界にいるような気分になる。

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