第85話

花火が花開く音が響く。

その心地よさに、そっと身を任せながら、先程買った紙コップに入ったビールを飲んでみる。

冷たさもなく、温さが喉を掛け抜けていくのを感じる。


空が鮮やかな色彩を咲かせては消える。

周りを見れば、人々は楽しそうにその瞬間を携帯のカメラで切り取っている。

携帯のレンズ越しではなく、自身の瞳に映せばいいのに。

そんな事を、思ったりもして。


珍しく、隣に誰もいない。

静かな一時。

以前はこれが当たり前で、普通だったのに。

五月蠅くないのだから、ありがたい事だと言うのに。



隣に彼奴がいたら、何て言っただろう

どんな反応をしながら、この時間を楽しんだのだろう



ふと浮かんだ疑問。

さっき別れたばかりなのに、何で彼奴の事を考えているのか。


当たり前に傍にいるから。

前からそうだったように、近くにいるから。

気付いたらそれが、自分の『普通』になっていて。


いたらいたで煩わしいのに、いなきゃいないで物足りない。

…大概、自分も自分勝手だなと、思ったりもして。


耳元のピアスに触れてみる。

意味もなく、そうした自分を不思議に思う。



花火は相変わらず綺麗だ。

眩い光が、絶えず夜の空を染めて、輝いて。


1人の時間と離れ過ぎていたせいか、時間を持て余してしまっている。

何かする事があればいいが、残念ながら時間を潰せるものもない。


ホテルに帰ろうか。

折角の花火だけど、いつまでも見ていてもそろそろつまらない。


飲みかけのビールを飲みながら、ぼんやりと頭を働かせようと試みる。

が、気怠さも相まって、予定通りに働いてくれない。


呼べばきっと、彼奴はすぐに飛んでくるだろう。

けれど、仲間と逢えば会話だって弾んでいるだろうから、邪魔をするのも気が引ける。

それに、あまりにも都合よく使い過ぎだ。


余計な事ばかりが、頭の中をぐるぐると回り始めてる。

無意識に考えてしまうから、歯止めが効かなくなりそうで。

いつもだったら、『余計な』事を考える暇がないくらい賑やかだから。


『2人』に慣れ過ぎてしまった。

きっと悪い事じゃないのも解ってる。

彼奴に慣れ過ぎてしまったのだろうか。

きっと悪い事じゃないのは解ってる。


ああ、もう。

頭の中が煩いな。


ホテルに帰ろう。

静かにその場に立ち上がった。

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