第84話

子供がはしゃぎながら、母親の手を引いて歩いている。

父親は笑いながら、後ろからついていく。

なんて事のない、ありふれた光景に蓮は目を細める。


自分もそうだったな。

祭りに行けるのが嬉しくて、凄くはしゃいでいた。


沢山ある出店に目をキラキラさせながら。

くじもやりたい。

射的も、金魚すくいも。


クレープも食べたいし、かき氷も食べたい。

焼きそばも、ベビーカステラも、綿菓子も。


食べきれないんだからと、食べ物は2つだけと言われ、悩みに悩んでたこ焼きとベビーカステラにしたっけ。

ベビーカステラは店の人が、おまけしてくれて、ちょっとだけ増やしてくれて。


父も母も、やわらかい眼差しで見守っていた。

迷子にならないように。

時折手を繋いで歩いて。

転ばぬように、気に掛けながら。


3人で見た花火はとても大きくて綺麗で。

響き渡る花火の音に驚いた私を、そっと抱き上げて『怖くないよ』と言った、優しい母の顔。

今でも鮮明に思い出せるし、この先も忘れる事はない。





懐かしいと思う程、時間が流れてしまった。

母が亡くなってからは、家族で祭りに行く事はなくなった。


父は仕事に追われ、自分は学業に専念した。

迷惑や心配を掛けたくなかった。

負担になりたくなかった。


すれ違う事はなかったのは幸いだったな。

父はどんなに忙しくても、気に掛けてくれた。

辛い顔を見せず、踏ん張り続けた父の背中も、いつの間にか小さくなっていって…。


結婚して、安心させたい気持ちはなくはない。

けど、それを理由に結婚するのは違うと思っている。


そもそも結婚するかも解らない。

『孫を見せるのが最高の親孝行』なんて聞いた事があるが、そうではないだろうと首を傾げる自分がいる。


自分はどうするべきだろう。

なかなかどうして、『未来』という先の事を考えるのは苦手だし難しい。



ちょうど目の先に、腰掛けられそうな段差を見つけた。

移動し、腰を下ろす。

人の行き来が疎らだからと、腰に引っ掛けていたミニポーチから煙草とライター、携帯灰皿を取り出し、吸い始めた。


折角息抜きに旅行に来たのに、頭を曇らせるのは良くないなと苦笑い。

何より、自分はそんなに真面目じゃない。



と、不意に花火が上がった。

あの日と同じ、大きな花が空いっぱいに咲いた。


「一緒に楽しむ人がいないのはつまらないな」


無意識に零れた独り言。

ハッとして、また苦笑いして、1人の時間を過ごす事にした。

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