第81話

体を洗い終えた蓮が、ゆっくりと風呂の方へやって来た。

相変わらず、体にタオルを当てたまま。

屈んで湯船に右手を入れ、温度を確かめると、態勢を戻し、静かに片足を入れ、もう片方の足も入れた。

椿から少し離れたところに腰を下ろし、体を浸す。


「ふう…」


体と気持ちが解れたのか、まったり顔になった蓮を見て、椿はクスっと笑った。


「暑いけど、気持ちいいですよね」


「んだね、お湯の温度が染み渡るって感じ」


体を隠していたタオルは頭に乗せ、背を預けられそうな場所を見つけると、蓮は背中を石に付けた。

じんわりと体が温まっていき、疲れが溶けだしているいうな気がする。


「蓮はスタイルがいいですね。

 モデルでもやったら良かったのに」


「柄じゃないっての。

 顔も良くないし、スタイル維持の為に食事制限なんてしたくないって」


「確かに食事制限は嫌ですが、顔はいいじゃないですか。

 あたしは蓮の顔、好きですよ」


「……そりゃあどうも」


見てくれを褒められるのは、何だかくすぐったい。

褒められなれてないせいもあってか、どう反応していいのか解らなかった。


ちらりと椿を見れば、目蓋を閉じて気持ち良さそうに浸かっている。

見た目は何処からどう見ても人間なのに、これでいて『神様』なんだから、解らないものである。

椿が目蓋を開けると、蓮と視線があった。


「どうしました?」


「神様と仲良く風呂に入るなんて思わんかったなって。

 そもそも、神様と温泉旅行に行くなんて、きっと私くらいだろうな」


「世の中には、あたし達みたいな関係の方はいますよ。

 珍しい事ではないです。

 まあ、あたしくらい『近い』神様は、あまりいないでしょうけどね」


「『近い』?」


椿は両腕を上げ、軽く伸びをする。


「『契約』を交わさず、姿も見せずに、選んだ人間の傍にいる神様の方が多いですね。

 まあ、姿を隠している方が厄介ごともないですし、自然な人間を観察する事も出来ますし」


確かに姿、形が見えない方が、お互いに煩わしさもない。


「じゃあ、あんたは何で敢えて姿や存在を見せたんだ?」


「近くにいるなら喋ったり、何らかのコミュニケーションを取れたらいいなって思ったからですかね。

 人間は面白いですから」


そう言うと、伸ばしていた腕を、元の位置に戻す。

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