第73話

「煮え切らんですね~。

 言いたい事があるなら、遠慮せずに仰って下さいな」


蓮の傍に来た椿は、蓮の顔を覗き込む。

白いTシャツに七分のスキニー姿の椿。

Tシャツの胸元には、ローマ字で大きく『TOKONATSU!』とプリントされているが、今はどうでもいい。


「……あんたは、風呂、一緒に入るの大丈夫なんか?」


「いつもの声の大きさで仰って下さいよ。

 お風呂?」


「だ~から、風呂一緒に入るの平気なんかって聞いてるんだってば」


「一緒にお風呂に入るの、何か不味い事でもあるんですか?」


きょとんとした顔で言われ、面食らったのは無論蓮の方で。


「い、いや、恥ずかしくないんか!?」


「蓮は恥ずかしいんですか?」


「そ、そりゃあ勿論……」


女性の裸を見るのが恥ずかしいとかではなくて、『彼女』の裸を見るのが恥ずかしいのだ。


「ただお風呂に入るだけですし、何も問題はないと思いますが…。

 あ、蓮はあたしの体をやらしい目で見るという事ですか?

 あらら、蓮は破廉恥ですね」


「破廉恥って言うな!

 あ~も~、何か余計に恥ずかしくなってきた…。

 それに、あんた寝る時素っ裸なんだろ?

 私はどうすればいいんだよ!」


「私の胸の谷間に諭吉を挟むとか」


「あんたはショーパブの踊り子の姉ちゃんか!?

 つか挟まねえから!

 ちゃんと服を着て寝ろって」


「あ~、朝浴衣が乱れたあたしを見たいという事ですね」


「頼むから私とちゃんと会話をしてくれ!」


はあ~はあ~と、肩で息をしている蓮を見て、椿は楽しそうに笑う。


「蓮は可愛いですね」


「可愛くねえよ!」


「露天風呂で裸を見られるのが恥ずかしいのであれば、蓮はあたしに背を向けてればいいんですよ。

 ベッドでだって、蓮が起きる前にあたしが起きれば問題はありません。

 ので、蓮がそんなに鼻息を荒くする必要はないですよ。

 とりあえず、新しいお茶を淹れるので、それ飲んで落ち着いて下さい」


クスクスと笑われ、余計に恥ずかしくなるし、『自分、かっこ悪過ぎ』と凹みもする。

彼女に言われた事を反芻し、漸く茹で上がっていた頭も冷め始める。


「ほら、お茶飲んで下さい」


「すまん、ありがとう」


煙草は灰皿の中で、フィルターを残して他は灰になっていた。

新しい煙草に火をつけ、大きく煙を吸い込む。


「彼女とか彼氏と来た方が、蓮も気楽でしたかね」


困った顔で笑う彼女を見て、チクリと痛む胸。


「…んな事ないって。

 あんたとだから、賑やかに過ごせる」


ふ~っと煙を吐いて。


「あんたと過ごすのは、大分慣れてるから、慣れてる人と一緒の方がいいって」


小さな声で椿の方を見ずに言った蓮は、雰囲気で椿が微笑んだのを悟る。

後で騒いだ事を謝らなくちゃ、とも思ったのだった。

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