第72話

お茶を飲み終わると、窓際にある椅子に座りながら、蓮は煙草を吸い始めた。

窓を開けると、ほんのりと風に乗って潮の香りがする。

同時に外の暑さが流れ込んできて、顔に熱が触れる。


のんびりまったり。

仕事に悩む事も、人間関係に悩む事もない。

肩に圧し掛かっていた重荷は下りたし、心も穏やかだ。


それにしても、怒涛の勢いで旅行に行く事になるとは。

1人だったら、そこまでの行動力もなかったし、気持ちもおきなかっただろう。


まさか神様と旅行に行くなんて、思ってもいなかった。

貸し切り露天風呂にも入れるなんて。




露天風呂




ちょっと待て。

待て待て待て待て。

『カップル限定貸し切り露天風呂プラン』だったよな。

私1人で入るのではなく、彼女も一緒に入る事になるんだよな!?

温泉はまだしも、露天風呂は2人きりじゃん!

まして、裸と裸でだぞ!?


何も気にしてなかったが、これはとんでもねえ事なのでは!?

いや、とんでもねえ事だろ!

『温泉だ!貸し切り露天風呂だ!旅行だ!』な~んて、浮かれまくっていた自分をぶん殴りたい!


どどどどどうすんの!?

どうしたらいいんだ!?

今更プランを変更する事なんて出来ないし、何よりお金は全額出してもらっちゃってるし、申し訳ないし…。

てか、神様もすんげ~ご機嫌だし嬉しそうだし、ここで水を差す事なんて出来ないし。


…お、落ち着け。

裸なんていくらでも見てきたじゃないか。

何なら、神様と初めて逢った時、彼女は全裸で見ちゃったし。




全裸




しまった、彼女は寝る時素っ裸で寝るって言ってたじゃねえか!!!!!!

ベッドは別と言えど、その、あれだ、素っ裸じゃねえか。

そっちもそっちで大問題で、結果的にどこもかしこも問題しかねえじゃん!


どうすんだこれ…。

とんでもない旅行じゃんか。

別に何か起こる訳ではないし、起こる筈はないんだが、急に心が落ち着かなくなってきた。


「蓮、何1人でぶつぶつ言ってるんですか?」


不意に椿に声を掛けられ、思わず体がビクッとしてしまった蓮。


「えっ!?

 いや、その…」


「どうしました?

 体調でも悪くなっちゃいました?」


「体調は大丈夫」


心は大丈夫じゃないんだがな。

それは言えず。


「何かありました?」


「その、あの…」


言い出していいのだろうか。

彼女はどう思っているのだろう。

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