第70話

「お目覚めですか、社長」


「社長!?」


開眼したのはいいものの、頭の中はまだ覚醒していない為、思考回路が上手く作動してくれない。

鈍いままの頭で、現状の把握に努めてみる。


「いつもと違う起こし方の方が、やっぱりすぐに起きるかなと。

 社長って呼ばれるより、ご主人様の方が好きですか?」


「んな事は聞いてないっての!

 てか!何で、その、そんな恰好してんだよ!」


一瞬胸元の方に目がいってしまう。

椿が正座をしている事もあり、白い肌と胸の谷間がしっかりと見えていて、否が応でもそちらが見えてしまうのだ。

視線に気付いた椿は、悪戯に微笑む。


「あらやだ、社長は朝からお盛んな感じですか?」


「ちげ~よ!

 てか、着替えろよ!」


「とか言いつつ、視線は胸の方にいってるのは何でですか?」


「た、たまたまだっての!

 お、おい、それ以上前屈みになるなって!」


胸が更に盛り上がって、強調される。

当の蓮も視線を反らすなりすればいいのに、しないのだから馬鹿正直である。


「眠気は覚めました?」


「覚めたどころかぶっ飛んだわ!

 てか、いい加減にしろ!

 私で遊ぶな!」


「あらあら、お顔が真っ赤ですわよ?」


「うるっせえ!!」




これが今朝の出来事である。

思い出した蓮は恥ずかしくなって、頬を赤く染めた。


両掌で顔を覆うと。


「頼むから普通に起こしてくれ…」


絞り出した声で呟く。


「解りました、今度からトトロのメイちゃんがお父さんにするみたいに、『起っきろ~!』と言いながら、蓮の上半身に跨って起こしますね」


「おい、私の話を聞いてたか!?

 普通に起こせっての!」


「新幹線内ではお静かに!

 普通なんてつまらないじゃないですか。

 線路は変える為にあるんですよ?」


「線路変更も路線変更も、何も求めてねえっての」


「刺激的な目覚めでいいじゃないですか」


「刺激が強すぎるから困るんだって!(小声)

 私をからかって遊ぶのやめれ」


「ふふん、それは聞けないお願いですね」


「聞けよ!(小声)」


どうにもこうにも、椿にからかわれて玩具にされがちだ。

仕返しをしてやりたい気持ちもあるが、見習いとはいえ、曲がりなりにも『神様』だ。

下手な事をして、罰が当たるのが怖いのもある。


「蓮は面白いですね」


「そんなん、初めて言われたわ」


置いてけぼりだったビールを飲み、息を吐いてから、電光掲示板に目をやる。

目的地まではもう少し。


「蓮、もう一本ビール飲みません?」


「ん、飲む」



手押し移動販売のお姉さんが来ると、椿は新たな缶ビールを購入した。

飲み干した缶ビールを受け取った蓮は席を離れ、空き缶を捨てに行き、序にトイレも済ませた。

手を洗いながら、鏡で自分の顔を見てみると、確かに機嫌のいい顔をしているなと思った。


どんな旅行になるのやら。

期待を胸にしまってから、蓮は席に戻った。

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