夏は暑いだけだと思ってた
第69話
受け取った缶ビールのプルトップを開け、機嫌のいい乾杯をした後、窓から流れる景色を眺めてみる。
空は何処までも青々と広がっていて、町並みは少しずつ都会の色が薄れていく。
途切れ途切れに田んぼや畑が姿を見せる。
特になんて事はない事なのに、何処か心が躍る気がした。
陽射しが眩しくなってきて、ブラインドを下げた。
隣に顔を向ければ、申し分のない美人が、先程購入した柿ピーをポリポリ食べつつ、ビールを美味しそうに飲んでいるところだった。
「…私はおっさんと旅行に来たんだっけか」
「何を言ってるんですか。
何処からどう見ても、オール完璧な美人のお姉さんですよ?
んもう、蓮の目は節穴ですねえ」
そう言って、再びビールを飲む椿を見て、苦笑いを1つ。
「ご機嫌だな」
「そりゃあ旅行に行くんですし、ご機嫌でしょう。
蓮はご機嫌じゃないんですか?
皆々様が仕事だ何だと明け暮れている時に、あたし達は昼間っから酒飲みながら旅行に行くんですし、ちょっとした優越感も感じられると思うのですが」
「機嫌はいいさ。
確かに昼間から飲む酒は、一段と美味いかも」
正式に仕事を辞める事が出来た。
手続きは郵便や電話のみで、直接会社に出向く事もなかったのはありがたかった。
きちんと辞める事が出来るか心配だったが、取り越し苦労に終わったのだった。
仕事を辞めてから、心も体も軽い。
食事も以前より、より美味しくいただけるようになったし、最近ではそれまで浅かった睡眠も、少しずつ深く眠れるようになってきている。
解放感の威力が、これ程のものだとは思っていなかったから、なおの事驚きだった。
蓮が欠伸をしていると。
「あれ?もうお眠ですか?
昨日はあまり眠れませんでしたか?」
旅行に行くのが楽しみすぎて、なかなか寝付けなかったと言ったら、きっと盛大に笑われるし、からかわれるのは目に見えている。
言うべきか、言わぬべきか悩んだが、言わないという選択をした。
「いや、それなりには寝れたから大丈夫」
「けど、起きたのに二度寝しちゃいましたよね。
あたしが気付いて起こさなかったら、新幹線の乗車に送れちゃってたかもです」
起きたものの、ベッドでうつらうつらしていたら、気付いたら目蓋が閉じていた。
眠りの遠くの方から声がして、重い目蓋をゆっくりと開いてみると、そこにいたのは。
胸元のボタンが開いた白いブラウス、黒のタイトスカートに、高めのヒール、髪は夜会巻きの椿の姿があった。
それまで重かった目蓋が、急に軽くなったと言わんばかりに見開く。
何でこいつはこんな格好をしているのだ。
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