第68話

日付が変わるまで、居酒屋で過ごした。

会計を済ませ、店を出れば、むわっとした空気が2人を包む。


「エアコンの涼しさが恋しいな…」


「早く家に帰るとしましょう。

 時間も時間ですし、タクシーで帰りましょうね」


「ここでも贅沢だな」


「支給されるお金は、キチンと使わなきゃですもん。

 さあさ、駅の方に向かいつつ、タクシーを捕まえるとしますか」


椿が先に歩き出し、その後ろに蓮が続く。

生温い空気の中、ふと空を見上げると、ぼんやりとした星が静かに瞬いている。


生活、変わったな。

これからどうなるんだろ。

不安もあるけど、期待もある訳で。

それはきっと…。


足を止めた蓮は、椿の背中を見つめる。

後ろ姿も綺麗で、夜の暗さでさえ彼女を彩るようだ。

揺れる髪も綺麗で、何をとっても申し分ない。


彼女が現れてから、変わったな。

生活も、考え方も、見方も。


きっと自分は恵まれている。

こんな申し分のない素敵な人が、傍にいてくれるのだから。

けれど、それらは恋愛のそれではない。


優しくて、甘えさせ上手で、料理上手で、時々意地悪で。

居心地が良すぎるから、深みにはまってしまいそうになってしまう。


けれど、これはあくまで契約。

『人間』と『神様』の契約上の付き合いなんだから、それ以上でもそれ以下でもない。

…時々彼女が、神様だという事を忘れてしまいそうになるけど。


彼女が足を止め、振り返る。

その僅かな動作さえ、とても美しくて見とれてしまう。


「蓮、何ぼんやり突っ立ってるんですか?

 置いて行っちゃいますよ?

 それとも飲み過ぎて、気分が悪くなっちゃいましたか?」


悪戯っぽく笑う顔が、時折胸に刺さるのは何故だろう。


「夜風に当たってただけだっつの」


「詩人みたいな事を言ったって、似合いませんよ」


「うっせ~わい」


彼女の元へ歩き出す。

蒸し暑さのせいで、額にはじんわりと汗をかく。


僅かな距離だったから、すぐに彼女の元に辿り着く。

彼女は相変わらず、微笑みを浮かべている。

柔らかな瞳に摑まって、少しの間見とれてしまうも、すぐ我に返る。


「ほら、帰りましょう」


歩き出そうとした椿に。




「椿」




名を呼ぶ。

いつもと違う呼ばれ方に、椿も驚いて目をやや開いた。


「いつも、ありがとう」


穏やかな声、穏やかな表情で。


「えっ、いやっ、その、こちらこそ!?」


いきなりな出来事に、戸惑いを隠せない椿を見て笑う。


「よっしゃ、帰るか」


歩き出す蓮を、椿は何か言いたげに見るも、頭を振って、蓮の横に並んで歩いたのだった。

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