第65話

「私も自立して、一段落して、やっと自分に目を向けれるようになって、そんな時にニュー奥さんとお近づきになって。

 ニュー奥さんとは、仕事で知り合ったんだって。

 父さんより、何個か年下って言ってたな。

 綺麗な人で、しっかりと父さんを支えてくれてるから、私も一安心って訳だ」


「そうだったんですね…。

 蓮は若い頃から、苦労なさってきたんですね」


「ん~、苦労は私より父さんの方がしてたさ。

 私は不自由なく、生きてく事が出来たのは父さんのお陰だし。

 勿論、今でも感謝してるよ」


「…お母様が亡くなって、寂しくなかったのですか?」


蓮は2本目の煙草に火をつけ、大きく吸い込んで吐き出す。


「寂しかったよ。

 すげ~寂しかったけど、寂しいって言えなかった。

 言わなかった。

 私だけが寂しい訳じゃないし、父さんも寂しかったし辛かったんだし。

 そういう感情には、蓋をしがちだったかも。

 いや、向き合うのが怖かったんかも。

 『いない』っていうのは解ってるんだけど、それを噛み締めるのが嫌だったというかさ」


ふ~っと煙を吹き出し、そこから煙草の匂いがやんわりと踊って消える。


「何年経とうが、何10年経とうが、あの時感じた寂しさは薄れても消えないよ。

 ずっと心の奥深くにある。

 …けど、時間が疼く回数を減らしてくれたのも事実。

 今はそこまで痛まないから」


感情は時に厄介だ。

負の感情が絡まってしまい、足を取られて動けなくなってしまう事もある。

そのまま落ちていき、人生そのものを駄目にしてしまう事もある…。


「…蓮は強いですね」


「強くなんてないさ。

 虚勢を張って生きてるだけだよ。

 それに、強い人なんていないさ。

 みんな『弱い』んだよ。

 それを悟られたくなくて、私みたいに虚勢を張って生きてるんじゃない?」


優しくて寂しげな笑みを浮かべた蓮を、椿は切なげな目で見つめる。


「すまんすまん、折角の酒の席で、テンションが下がるような話をしちまったね。

 さてさて、改めて私の夏休みはどうすっかな」


店員を捕まえた蓮は、飲み終えたジョッキを渡し、ウーロンハイを頼む。

グラスを受け取ると、先程運ばれてきた料理に箸をつける。

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